ムウの側にいられるのはうれしい。 だが、そのせいでシン達と離れていなければならないのはちょっと不満だ、とキラは心の中で呟く。同時に、自分はわがままかもしれないと付け加えた。 「兄さんが、守ってくれているのはわかるんだけど、ね」 だが、自分だけではなく他の者達も守って欲しいと思ってしまうのだ。 「……会いに行っちゃ、だめかな」 みんなに、とキラは呟く。 「誰に、会いたいの?」 その呟きをしっかりと聞きつけたのだろう。ステラがこう問いかけてくる。 「僕の友達。一緒に来たみんなが元気かなって思っただけ」 兄さんがいるから、不自由はしていないと思うけど……と微笑めば、彼女もふわふわっとした笑みを浮かべてくれる。 「ムウがいるから大丈夫」 でも、会いたいの? と彼女はさらに問いかけてきた。それにキラはしっかりとうなずいてみせる。そうすれば、ステラは何かを考え込むかのように小首をかしげてみせる。そんな彼女の態度をどこかで見たことがあるような気がするのは、キラの錯覚だろうか。 「会うだけで、いいの?」 その答えを見つける前に、ステラが問いかけを重ねてきた。 「話もしたいけど……どうして?」 あるいは、何かを言っている人がいるのだろうか。考えてみれば、自分たちはコーディネイターだし、地球軍の中では侮蔑の瞳を向けるものもいるはずだ。それでも直接危害を加えられないのは、間違いなくムウとマリューがいるからではないか、とも思う。 でなければ、きっと、どこかに閉じこめられていたとしてもおかしくはないだろう、とも考える。 「待ってて……多分、大丈夫」 こう言い残すとステラは立ち上がった。 「ステラ?」 一体何を……とキラは彼女の背中に向かって呼びかける。 「ムウに許可、もらってくる」 それが一番、無難だろうという言葉はキラ達の身を案じてくれているのだろう。ムウの許可があれば、誰も文句が言えないはずなのだ。 「アウル達も、呼んでくるね」 しかし、どうして彼まで……とキラは思う。 それを問いかけるよりも早く、ステラは部屋を後にしてしまった。その背中をキラは呆然と見送る。 「……あぁ、そうだ」 しばらくして、キラは先ほどの疑問の答えを見つけた。 「兄さん達が言う、小さな頃の《僕》にそっくりなんだ」 言動が……とキラは呟く。と、同時に気恥ずかしいものを感じてしまう。 「……だから、兄さんがかわいがってるのかな、彼女を……」 そんなことはないはずだ、とは思うものの、キラは思わずこう呟いてしまった。同時に、そうであってくれれば嬉しいと思うのも事実だ。 兄たちにとっていつまでも自分が一番の存在でありたい。 そう思うのはわがままなのだろうか。それを今度ムウに聞いてみようと思うキラだった。 「……何を考えていやがるんだ!」 ムウは思いきり壁を殴りつける。 「さすがに……自分もあきれましたね、あれは」 こう答えたのは、この艦の艦長であるイアン、だ。生粋の地球軍の軍人である彼も、オーブにいる《コーディネイター》とザフトの人間とを区別するだけの分別を持っているらしい。 あるいは実物を見たからだろうか。 「ったく……キラなんて、一番、戦いに向いてねぇぞ」 というよりも、日常生活でも役に立たないんじゃないだろうか、とムウは本気で考えている。 「放っておけば飯は食い忘れるわ、考え事をしていてものにぶつかるわ、道に迷うわ……はっきり言って、ただのドジだぞ、あいつは」 もっとも、プログラミングやハッキングをさせれば、地球軍はおろかザフトの専門家でもかなわないほどの才能を見せる。そう言うところは間違いなく《コーディネイター》なのだろう、キラは。 しかし、それ以上にムウにとって重要なのは、あの子供が自分にとって大切な《弟》である、と言うことだ。 その弟を《道具》として差し出せ、と言われて納得できる人間がどれだけいるだろうか。 「ったく……今すぐにもで辞表を出すぞ、俺は」 そのくらい、自分は怒っているのだ。 実際、今までだって何度も同じような理由で辞表を出していたというのに、と心の中で呟く。 「そうされては困ります」 それを覚えているからだろう。イアンは即座にこう言ってきた。 「だからといってだな……キラも他の子供達も、オーブの人間なんだぞ。ったく……そんなことがあの方にばれたら、本気でまずいって」 自分が半殺しの目に遭うだけならいい。 最悪、オーブとの国交が断絶しかねないというのに……と心の中だけで呟く。 「あいつは……書類上はマルキオ様の養子になっているって言うのに……」 ぼそりっと付け加えた言葉に、ブリッジ内が凍り付いた。 「本当ですか?」 おそるおそると言った様子でイアンが問いかけてくる。 「嘘言って、どうする。第一、俺の後見人もあの方だぞ」 調べればすぐにわかることなのにな……とため息をついた。それでもキラを手に入れたいのは、間違いなくあのOSが優れているからだろう。あれをナチュラルでも使えるようにさせたい……と思っているのではないか。 だからといって、本人の意思も確認しないまま『月に連れてこい』と言われて『はい、そうですか』と言えるわけがない。まして、それだけですませるわけがないのだ、連中が。 「本当に、どうするかな……」 このまま月にいくわけにはいかない。 しかし、自分の立場を考えればここで逃げ出すことも難しいだろう。 ムウが小さくため息をついたときだ。 「ムウ」 舌っ足らずな声がその場の空気を気にすることなくかけられる。 「ステラ、か。どうした?」 キラの側にいるように命じられたはずの少女が、どうしてここに来たのだろうか。そう思いながら、ムウは彼女に声をかける。 「キラ、会いたいって……友達に」 連れて行っていいのか、と彼女は小首をかしげた。 それはもっともな主張だろう、とムウは思う。だが、キラだけを行かせるのは不安だ。 決してキラの友人達を疑っているわけでない。 いや、結局はそうなのだな、とムウは心の中で呟く。 正確に言えば、問題なのはただ一人だけ。あの赤毛の少女だけが、キラの心を傷つけかねない存在だ、と言うことをムウは気づいていた。 「……そうだな。ステラが付いていってくれるか? スティングかアウルと一緒に」 ついでに、マリューにその場に立ち会ってもらえればいいのではないか。それに関しては、こちらから連絡すればいいだろうと、ムウは判断する。 「そうしてくれれば、キラも安心だろうしな」 俺もそうだしな、と告げれば、ステラは即座にうなずいて見せた。 「ステラも、キラ、好きだから」 だから、守るの……という彼女の髪をムウはそっとなでてやる。それに、ステラは子猫のように眼を細めた。 |