「ヘリオポリスの崩壊は……クルーゼの作戦ミスではないのか?」
 オーソンからこんな問いかけがあがる。
「いや、それは違うだろう」
 ユーリがそれに反論を返す。
「どうやら、ヘリオポリス内にいた者がプラントを崩壊させたらしい形跡が残っているそうだが?」
 クルーゼを非難するのであれば、作戦を認めた自分たちも同じ事ではないか。誰も、大勢の者達がすんでいるプラントそのものを破壊して、証拠を消そうとするなど考えないだろう……と彼は付け加える。
「それは、正確な情報なのか?」
 第三の声が静かに割り込んできた。
「オーブからの情報だ。間違いなかろう」
 地球連合が首長家のいくつかにパイプを持っているように、自分たちもこちらに好意を寄せてくれている者達から情報を引き出すことができる。彼等からの情報だ、とユーリは口にした。
「なるほど……では、クルーゼだけに責を負わせるわけにはいくまい」
 地球軍にMSを与えるわけにはいかないのだ。
 それは、人的資源では劣っているものの、一人一人の才能とMSという《道具》があるからこそ、戦局はほぼ均衡を保っているのだ。しかし、ナチュラルでも使えるMSが開発されては、それがどうなるかわかったものではない。
 いや、人的資源が豊富なあちらの方が有利になるかもしれないのだ。
「……小耳に挟んだ話では……地球軍にオーブ籍の同胞が拉致されたそうだ」
 彼等が地球軍に利用されなければいいのだが……と口にしたのはダットだ。
「どちらにしても、クルーゼ隊が奪取した以外にも地球軍にMSがあるらしい。それを放っておくわけにはいかないのではないかね?」
 そして、パトリックがこう口にする。
「拉致された同胞については、何か情報があるのかな」
 というよりも、何故、同胞だとわかったのか……とまた新たな声が上がった。
「作戦中の者が確認している。顔見知りの者だったそうだ」
 オーブ籍の第一世代だ……と付け加えれば、誰もが状況を納得したらしい。あの国には、どちらの陣営にも属したくないという者が多く移住しているのだ。それは彼等の両親がコーディネイターとして生まれた我が子を周囲の迫害から守ってきたという証拠でもある。
 そんなナチュラルまで滅ぼしたいとは思わない。
 これがプラントの公的な姿勢なのだ。
「ともかく、クルーゼ達に余力があるのであれば、その艦を追尾させよう。必要があれば、応援を向かわせることでもやぶさかではない」
 それでかまわないな、というパトリックの言葉に、誰もがうなずいてみせる。
「オーブの民間人が乗っているのだ。手荒なことだけはさせないように」
 そして、その後にシーゲルがこう告げた。
「わかっている。現在代表首長の地位にあるウズミは、コーディネイターに好意的だ。そんな人物を敵に回したくはない」
 パトリックもまたそれにうなずいてみせる。
「しかも、だ。目撃した本人の見間違いでなければ……拉致されたのはまだ十代の少年だそうだよ」
 さりげなく出された言葉に、本人以外は皆目を丸くする。
「なら、ますます保護しなければならないか」
 そのためには敵艦を破壊することなく捕縛することが必要だろう。それができるのは誰か、となれば候補は一部の者しかいない。その中にクルーゼが含まれていることは言うまでもない事実だ。
 その後、どのような話し合いがされるか、ギルバートには関係のはない話だった。
 重要なのは、ただ一つ。
 あの子供が無事にいてくれることだろう。
「……そのための方策は……既に取ってあるしな」
 手塩にかけて育てたあの子が、きっと、彼を守る。そして、隙を見て彼を連れ帰ってくるのではないか。
 そう考えるように、あの子供を育ててきたのだ、自分は。
 いずれ、あの子供は自分や彼を支える存在になるだろう。
 もっとも、その前に自分が理想とする世界を作らなければいけないのだが。そして、その全てを愛しい子供に渡してやろう。
 そのためには、今、ここにいる者達を排除しなければいけない。だが、それは今まではない。それよりも先に排除しなければいけない存在があるのだ。
 現在、この戦争をコントロールしていると思っている者達。
 古くからの因習にとらわれ、自分たちの既得権益が永遠に続くと信じ込んでいる愚かな連中。
 あの者達のせいで、自分は愛し子を手放さざるを得なかったのだ。
 そして、今後もあの子をねらい続けるだろう――彼の存在そのものが、コーディネイターにとっては福音となるが故に。それはつまり、コーディネイターを《道具》としか考えない者達にとっては邪魔だとしか言いようがないのだろう。
 だから、真実が知られればあの子供はねらわれる。
 そう考えれば、あの子供を隠してくれた者達に感謝しなければいけないのかもしれない。
 もっとも、自分にしてもあの子供を捜し出すためにかなりの時間と労力を費やすことになったが。
「……あの子に危害を加えないように、せいぜい逃げ回ってくれたまえ」
 その間に、自分は全てのお膳立てを整えることにしよう。ギルバートは心の中でこう呟く。
「貴方をあの子から奪いさった者達には、それ相応の償いをしてもらわなければならないだろうしな」
 今はいない面影に向かってこう告げる。
「そして、あの子には全てを……」
 彼女そっくりに育った愛し子には、と彼はほくそ笑む。
 そんな彼の表情に気づいた者は誰もいなかった。