嫌いな奴がいても、ちょっと面倒な検査があったとしても、ここはある意味《楽園》だった。
 しかし、その楽園も、唐突に終末を迎える。
「お願い、起きて!」
 その日、俺たちはいつもの時間よりも早く起こされた。それの理由はわからないものの、緊迫した空気だけは伝わってくる。そして、それは俺たちの中に不安を生み出す。
「すぐに着替えて……シャトルに乗ってくれる?」
 だが、俺たちを安心させようと言うのか、彼女はいつもの微笑みを浮かべていた。しかし、その頬からは血の気が失せている。
「お出かけなの?」
 カナードが彼女を見つめながらこう問いかけた。その瞳に不安が滲んでいる。
「そうよ。あなた達だけで、先におばさまのところに行っていてくれるかしら?」
 自分たちもここの後始末を終えたら、追いかけるから……と彼女はお子様に告げた。
「やだ……それなら、俺もここにいる」
 お兄ちゃん達だけ先に行けばいいんだ……と告げるお子様に、彼女は小さくため息をついてみせる。
「お兄ちゃん達だけじゃ、キラとカガリの面倒を見られないでしょう? カナードも付いていってくれないと」
 それに、二人とも悲しむわ。こう付け加えられてはお子様には逆らえないらしい。
「かならず、来てくれる?」
 だが、確認するようにさらに言葉を問いかけている。
「もちろんよ」
 その言葉を信じていいのだろうか、俺たちはそれを悩む。だが、信じるしかない……と思った。
 黙々と着替えを終えると、俺とラウ、カナードとキラとカガリはまっすぐにシャトルへと向かう。そこには、顔見知りのオーブ軍の人が待っていた。  彼が、俺たちを連れて行ってくれるのだろう、と言うことはわかる。
 しかし、その事実がさらに俺に不安を感じさせた。
「……ヴィアおばさん」
「みんなをお願いね、ムウ君……一番お兄さんなんだから」
 こう言って、彼女はとっておきの笑顔を浮かべてくれる。
 それが、彼女の微笑みを見た最後の瞬間だった。

 俺たちが彼女の妹――カリダの元へたどり着いたのは、それからすぐのことだった。
「よく、来てくれたわね」
 ヴィアによく似た微笑み。だが、彼女ではない。その事実が俺たちの上に重くのしかかっていた。
「大丈夫よ。ヴィアも……すぐ来ると言っていたわ」
 だから、ね……と彼女は付け加える。その口調も、彼女の姉であるヴィアにそっくりだ。
 その事実を認識したからか。
 それとも、俺とラウを抱きしめてくれる腕が優しかったからか。
 俺の頬を涙が伝い落ちてしまう。
「安心したのね」
 そんな俺を、彼女が優しくなでてくれる。
「ありがとう。あなた達のおかげで、カナードも、キラもカガリも……無事に着いてくれたわ」
 がんばってくれたわね、と優しい声がさらに俺たちの上に降りそそいできた。
「でも……」
「わかっているわ……でも、それはあの子達を……キラとカナードを守るためにはどうしても必要なことだったの」
 だから……という鹿の子の言葉の裏に隠されているものに、俺は気づいてしまう。そして、間違いなくラウも気づいているはずだ。
「ヤマト夫人」
 柔らかな男性の声が俺たちにかけられる。
 視線を向ければ、瞳を閉じたままの男性が、ゆっくりとこちらに近づいてきているのがわかった。杖を使っているところからすれば、あるいは目が見えないのかもしれない。
「子供達は疲れているのではないですか? まずは拙宅で、ゆっくりと休んでもらってからでも話はできるでしょう」
 そして、ヴィア達が来るとすれば、間違いなく自分の家だろう、とも彼は付け加える。
「マルキオ様……」
 カリダが涙に濡れた声で彼の名を呼んだ。
「そうしてください。キラ君とカガリちゃんにもミルクをあげなければいけない時間ではありませんか?」
 それに、カナードは船をこいでいるようですが……という言葉に、彼は目が見えない分、人の気配を読み取る力に優れているのだろうか、と思う。
「そうですね……キラもおねむのようですよ」
 手が熱い……と呟くように口にしたのはラウだ。
「そうだな、カガリもカナードも……体温が上がっているから、おねむだな」
 その前に、軽くミルクを飲ませて……できるなら風呂に入れてやった方がいいかもしれない、と俺も思う。
「……では、移動しましょう」
 この言葉を合図に、俺たちは立ち上がる。
「カナード君……おばさまに抱っこさせてくれるかしら?」
 その瞬間ふらついてしまった彼を支えながら、カリダは微笑む。それに、カナードは小さく頷いて見せた。