時間は少し遡る。 「ザフトに?」 「はい。工場が襲撃を受けていると」 この言葉に、ムウは眉を寄せる。あそこが襲撃を受けているとすれば、連中の目的は一つしかないだろう。 それについては、かまわない……と心の中ではき出す。最初から、そうなるように手を回していたのだ。 自分たちの《目的》のためには多少の被害が出てもかまわない。 それもまた、ムウの本音である。 だが、それがヘリオポリス全体にまで被害を及ぼすとすれば話は別だ。 あそこには、自分たちの一番大切な存在がいる。その存在を守るためなら、両親を含めた他の全てを切り捨ててもかまわない、とすら考えているのだ、自分は。 「仕方がない……フォローに行くか」 大切なあの子が、その場にいる可能性は低い。だが、ゼロではないのだ。 ならば、少しでも状況を悪化させないようにしなければいけないのではないか。 こう判断をして、ムウは腰を上げる。 「出撃?」 「俺たちも行くのか?」 「……ザフトのMS、壊していいんだよな?」 周囲にいたオコサマ三人が即座にこんな反応を見せた。その表情は、ある意味、おもちゃをもらった子供のようだと言える。しかし、それは彼等がそれしか知らないからだ、とムウは知っていた。その事実に同情を感じても、今の自分にはそれをどうしてやることもできない。 「……そうだな。ジンなら叩いてもいいぞ」 他の機体は、奪取されたものかどうかがわからないからな……と口にしながらも、内心は違う。 カナードやラウが出てきては困る、と思ったのだ。 それは彼等がやられるから……と言うことではない。むしろ危ないのはこの三人だろうとムウは心の中で呟く。はっきり言って、自分でもかなわないのだ。技量はともかく、実戦経験がないこの三人がかなうはずがないだろう。 「やった!」 単純に喜ぶオコサマ達に苦笑が浮かんでくる。 「無理はするなよ。機体を壊すのも厳禁だ」 いいな、と一応釘を刺しておく。 「わかってるって」 「……ムウがそういうなら……」 ステラとスティングの二人はすぐにこう頷いてみせる。だから、ある意味安心だとも言えるのだが。 「え〜! そんなのつまんねぇ」 しかし、アウルだけはそう言うわけにはいかないらしい。この調子では、何をしでかすかわからないとも思ってしまう。 「今は、攻撃よりも原因を突き止めて、もし避難民がいれば保護する方が優先だ」 命令だ、と付け加えればアウルはおとなしくなる。それが彼等に刷り込まれた条件反射だとわかっているから、少しだけ心が痛む。 「いいな。決して無理はするな」 それでも、今ここで彼等を失うわけにはいかない。そう判断して、ムウは言葉を重ねた。 「……わかったよ……」 こうまで言われてしまえば、条件付けられたアウルは逆らえないのだろう。それでも不満を隠せないという表情で頷いてみせる。 「いいこだ。無事に戻ってきたら、好きなもん、食わせてやるからさ」 そんな彼の頭をぽんっと叩いてやった。 「約束だぞ!」 こう告げれば、アウルはようやく納得したように頷いてみせる。 「アウルだけ、ずるい……」 「俺たちも、だよな」 他の二人が即座にこう問いかけてきた。 「わかってるって」 本当に仕方がないな、と思いながらもムウは頷いてみせる。こう言うところは可愛いと思うのだ。 それでも、と彼は心の中で呟く。 キラを守るためであれば、自分はいつでも彼等を切り捨てられるのだ。 こう冷静に告げる自分がいることもわかっている。 「そう言うことだ。でるからな」 しかし、それを表に出すことはない。 「後は頼む」 「わかりました」 頷いてみせる艦長を後に、ムウはブリッジを後にする。その背中を、三人が追いかけてきた。 「……ヘリオポリスが……」 モニターに映った外の様子を見ながら、キラはこう呟く。 「嘘、だろう」 それはシンも同じだったらしい。呆然とした表情でこう呟いているのが聞こえた。 「それもこれも……みんな、あんたらのせいじゃないか!」 だが、彼はすぐに怒りの矛先をマリューへと向ける。 「あんたらが、こんなもん、ヘリオポリスで作っているから……あそこは、俺たちが平等に教育を受けられる数少ない場所だったのに!」 オーブ本国でも、コーディネイターはその種族を隠さなければいけない。だが、ヘリオポリスではそんなことはなかった。 それはきっと、ここの工場やラボに多くのコーディネイター達がいたからだろう。 「……でも、世界は……戦争の中にあるのよ? そんな中で自分たちだけ……」 「じゃ、あんたは俺たちがザフトに行ってもいいんだ」 マリューの言葉をシンはあっさりと遮る。 「俺もキラさんも、コーディネイターだぞ。戦争に関われって言うなら、地球軍なんかに協力するはずがないだろう、普通」 モルゲンレーテだってそうだよな、とシンはさらに言葉を重ねた。 「……別に私は……」 「そう言うことだろう! あんたら地球軍は、俺たちコーディネイターを滅ぼしたくて戦争をしているんだ。そんなあんたらに、俺たちが無条件で協力するわけないだろう!」 あんたらの正義と、自分たちの存在が相容れないのだから……とシンは深紅の瞳に、さらに剣呑な光を滲ませる。 「キラさんだって、俺だって……そんなこと、したくないから……ここにいたんじゃないか!」 あんたとも知り合いなんだろう、キラさんは……と言う言葉に、マリューはキラへと視線を移してくる。 「……僕は……ムウ兄さんも、貴方も好きだと思っています。だからこそ……戦争には関わりたくなかった」 でも、とキラはため息をつく。 「貴方は……違っていたんですね……」 悲しげにキラはマリューを見つめた。 「これのOS……僕が作ったプログラムの流用ですよね……」 そして、きっぱりとこう言い切る。 「それも、貴方に頼まれて作った、災害救助用のロボットの……」 だましていたのか、と言外に付け加えれば、彼女は気まずげに視線をそらす。 「これ、そうなんですか?」 さすがのシンもこの事実には驚いたのだろう。目を丸くしている。 「みたいだね。このソースの書き方は僕独特のものだし」 モニターにプログラムを表示させながら、キラはため息をつく。 「多分、どこをどうしていいのかわからなかったから、そのまま流用したんでしょう。リミッターもそのままですね」 それがわからないのに、使っているなんてバカだ……とキラは思う。これがある以上、これは《兵器》としては使い物にならないのに、と。そういうプログラムを組んだのだ。 もっとも、これをはずしたとしても普通のナチュラルでは扱いきれるわけがないが、とキラは心の中で付け加える。 「結局、貴方は僕のことをただの道具としか見ていなかった訳ですね」 ムウが選んだ人だから信じたかったのだが……とキラは心の中で呟く。結局、彼以外の地球軍の軍人はそう言う人しかいないのだろう、とそう思ってしまう。 「違うわ!」 今まで黙っていたマリューが、大きく首を振りながら叫ぶ。 「確かに、カトー教授から渡されたプログラムをみて使えると思ったのは事実よ! でも、それを作ったのが貴方だなんて、私は知らなかったわ」 この言葉に、キラは眉を寄せる。 まさかと思っていたが、やはり彼が地球軍とつながっていたのか。もっとも、そうでなければあれが彼等の手に渡ることなどあり得ないとも言える。 「それを信じろというのかよ、あんたは」 だが、シンは納得できないようだ。 「信じてもらうしかないわ! 誰が、大切な人の《弟》を道具扱いできるのよ!」 キラが《コーディネイター》であることも含めて、自分は好きなのだから……と彼女は叫び返す。 「……大切な人って……カナードさん?」 それに毒気を抜かれたのだろうか。シンは呆然とした表情でこう呟く。彼が知っているキラの《兄》は彼だけなのだから、その言葉は仕方がないのだろう。しかし、カナードがこの言葉を耳にすれば怒り狂うに決まっているのだ。 「違うよ……もう一人、僕たちを育ててくれた人がいるんだ……今、地球軍に」 自分たちを育てるためにお金を稼がなくてはならなくて、ナチュラルであるムウが一番手っ取り早い方法として選んだのがそれだったのだ、とキラはシンに説明をする。 「そこで、出会ったんだって。ムウ兄さんと、マリューさん」 だから、信じていたのだ、とキラは目を伏せる。 「それを、あんたは結果的に裏切ったわけだ」 シンにしてみれば、キラの説明がさらに怒りをかき立てるものだったらしい。こう吐き捨てる。 「……結果を見れば、そうかもしれないわね……」 マリューは悲しげにこう口にした。 「でも、私は……」 彼女がそれでも何かを口にしようとしたときだ。 『そこのMS、のってんの、誰?』 通信機から、こんな声が響いてくる。それを耳にした瞬間、三人は同時に体を硬くした。 反射的に、キラはセンサーに視線を落とす。そうすれば、地球軍の認識信号を出した機体が近づいてきているのがわかった。 このまま、言葉を返していいものか、とキラ達は悩んだ。それに答えをくれたのはマリューだった。 「……あなた達は、私が責任を持って守るわ。今更、信じてくれるとは思わないけど……」 それでも、と彼女は口にする。 「そうして頂くしかないのでしょうね」 ヘリオポリスは完全に失われたのだ。 かといって、こんなものに乗っていればうかつな場所に行くわけにはいかない。不本意だが、地球軍と合流してオーブのコロニーに連れて行ってもらうしかないだろう。でなければ、ムウと連絡を取るか、だ。 どちらにしても、マリューの協力がなければ難しい。 「キラ君、通信機を」 この言葉にうなずいて、キラは彼女にそれを明け渡す。 「こちら、大西洋連合所属、特務技官マリュー・ラミアス大尉。他に民間人二名を保護している。そちらの所属を」 毅然とした口調で彼女はこう問いかけた。それに対し、相手はすぐに言葉を返してこない。 それはどうしてなのか。 あるいは、ザフトに奪取された機体なのだろうか、とキラはスロットルを握る指に力をこめる。そうであるならば、リミッターをはずして自分たちの身を守ることを優先しなければいけないのではないか。そう思ったのだ。 『じゃ、ビンゴじゃん』 しかし、その機体から戻ってきたのはこんなセリフだ。 「何?」 「……さぁ……」 一体何を探していたのか、とキラ達は小首をかしげる。だからといって、マリューにも状況はわからないらしい。不審そうな表情でモニターを見つめている。 『ムウに、できれば見つけて来いって、言われてたんだよな』 しかし、それは状況がわかったとしても同じ事だった。 「ムウ兄さん?」 この声の主は彼の部下なのだろうか。そう思いながら、キラもまたモニターを見つめる。 「……MS?」 次の瞬間、彼等が乗った機体の前に現れたのは、よく似たフォルムを持った機体だった。 『こちら、第十三独立部隊所属、アウル・ニーダ。その民間人とやらと一緒に、保護して来いって言われたから、ついて来な』 あの間は、上に判断を仰いでいたからか、と判断をする。 「キラ君」 「……わかりました」 ムウの部下なら、大丈夫なのだろうか。そう思いながら、キラは指示に従うことにした。 |