少女を無理矢理シェルターに放り込んで、二人は先ほどの場所まで戻ってきていた。
「キラさん、あちらは……」
 既に入り口は瓦礫の下ではないか、とシンが囁いてくる。あるいは、シェルター自体が存在していないか。
 どちらにしても、自分たちが逃げ込むことはできないだろう。
「みたいだね。仕方がない。最後の手段を使う?」
 いたずらを思いついた時の子供のような表情でキラはこう告げる。
「いいんじゃないですか。あれなら、十分シェルター代わりになりそうですし」
 あっさりとこう言い返す彼に、キラは苦笑を向けた。
「第一、あいつらのせいでしょう? ここがこんな風になっているのって」
 だから、自分たちの安全を第一に考えて悪いわけないじゃないか、とシンは付け加える。その言葉が、カナードのそれとよく似ているように感じるのはキラの錯覚だろうか。
「……それなら、戻ろうか」
 戦場の側で交わすにはどこかのんびりしているとも言える会話だろう。
 しかし、そう感じられないのは、自分たちがつい先刻まで《平和》の中にいたからだろうか。それが、ある意味、限られた場所だけのものだとしてもだ。自分たちは、その中で生きることを選択したのだ。それを邪魔されたくないと思う。
 というよりも、ここで生きることしか許してもらえなかった、と言うべきか。
 シンに気づかれないようにキラは唇をかむ。
 そのために、大好きな人と離れ離れになっている現状が気に入らないのだ。それでも、いつか一緒に暮らせる日が来ると信じていたからこそ我慢できた。
 オーブが中立で、どちらの種族も法的には平等に暮らせるから、自分たちはここにいる。
 そうすることが、離れている《兄》達が安心して動けるだろうこともわかっていた。
 しかし、それを邪魔されておもしろいわけがないだろう。
「でも、あれの動かし方、わからないですよね?」
 もし、何かあったときに逃げられるだろうか、とシンが呟く。
「一応、基本だけならカナード兄さんに教わっているから……大丈夫じゃないかな?」
 それにラウにも……という言葉をキラは飲み込む。彼の存在をシンに伝えない方がいいだろう、と判断したのだ。同じように、親しくしている彼にも、ムウの存在は伝えていない。彼自身はともかく《地球軍の軍人》であるという肩書きが嫌悪の対象になりかねないのだ。
 大好きな彼を『嫌いだ』と言われるのは辛い。
 それくらいなら、最初から与える情報を制限しておいた方がいいだろう、と教えてくれたのはカナードだ。
「あぁ、カナードさんですか」
 彼なら納得だ、という言葉をどう受け止めればいいのだろうか。
「本当は、俺もカナードさんぐらいの力があれば、キラさんを守れるんでしょうけど」
 この言葉に、キラはかすかに苦笑を浮かべる。
「君は君だろう? それに、僕にだって年上の人間としての矜持があるんだけどね」
 一応、男だし……と付け加えれば、シンは苦笑を返してきた。
「キラさんは美人で優しいから、よく忘れちゃうんですよね」
「ひどいな、それは」
 こんな余裕も、先ほどと同じ場所までたどり着いた瞬間、消え去る。
「キラさん!」
 MSの機体の上で、地球軍とザフトの兵士らしい二人がにらみ合っているのがわかった。しかも、地球軍の兵士らしい人物は女性のようだ。
 その女性が顔を上げる。
「あの人は……」
 見覚えがあると思ったのは錯覚だろうか。
 どちらにしても、目の前で誰かが殺される光景は見たくない。
 自分が割り込んでもどうにもならないかもしれないが、それでも、何かできるのではないか。
 そう考えると同時に、キラの体は手すりを乗り越えていた。
「キラさん!」
 シンの声がその後を追いかけてくる。
 きっと彼の声が二人の耳にも届いたのだろう。同時に視線を向けてきた。だが、キラはあえてザフトの人間の方には視線を向けないようにする。
「大丈夫ですか?」
 そして、肩を抑えている女性の方へと駆け寄った。
「マリュー・ラミアスさん?」
「……やっぱり、キラ君……」
 声をかければ、やはり顔見知りの相手だとわかる。彼が紹介してくれた人だから、自分たちにたいする嫌悪感は抱いていないだろう。それでも、この状況を引き起こした中の一人かと思えば、ほんの少しだけ忌々しいとも思ってしまうのも事実だ。
 それでも、生きていて欲しいと思うのは、知っている相手だからだろうか。
 こんな事を考えていたときだ。
「……キラ……」
 聞き覚えがある声がキラの耳に届く。
 しかし、彼がこんなところにいるはずがない。
 そう思いながら、キラは視線を声がした方――ザフトの兵士へと向けた。
 ヘルメットのバイザーのせいで顔立ちははっきりとはわからない。しかし、その瞳の色だけは間違えるはずはない。
「アスラン……」
 でも、どうして彼がここにいるのだろうか。
 その理由がわからない。
 あるいは《彼》に聞けばわかるのだろうか。
 今は、そんなことを考えている場合ではないとはわかっていても、こんな事が頭の中をグルグルと駆けめぐってしまう。
 身動きすることができない。彼の顔を見つめているのが精一杯だ。
 もっとも、それは相手も同じ事だったらしい。
 そのまま永遠にお互いの顔を見つめているのだろうか。そう思ったときだ。
「キラさん! 大丈夫ですか?」
 キラを心配して追いかけてきたのだろう。シンの声が彼等の間に割ってはいる。
 そして、マリューもまた《地球軍の兵士》としての《自分》を思い出したのだろう。一度は取り落としたものらしい銃を拾い上げる。そのまま、アスランへと照準を向けた。
「ちっ!」
 小さな舌打ちと共に彼は三人から離れていく。
 その後を追いかけようか。
 キラは一瞬そう考えた。
「キラさん、この人!」
 しかし、シンの言葉がキラの意識を現実に引き戻す。
「ともかく、中へ……かまいませんね?」
 既に周囲は火の海だ。アスランのようにある程度空中を移動できるなら抜け出せるかもしれない。だが、自分たちには不可能だ。
「仕方がないわね」
 不本意だ、と彼女の全身が告げてくる。しかし、彼女にしてもそれ以外に方法を見つけられないのだろう。小さく頷いて見せた。


「アスラン……どうしたんだ?」
 コクピットに運ばれながら、ラスティはこう問いかける。
「何でもない」
 こう言葉を返す彼の表情が『違う』と語っていると本人は気づいていないのだろう。どちらにしても厄介だよな……とラスティは心の中で呟く。
「まぁ……俺もドジったからな。お互い様と言うことで」
 痛みをこらえながら、ラスティは笑って見せた。
「そう、だな」
 これが効いたのだろうか。アスランもまた小さく笑ってみせる。だが、その表情はすぐにこわばった。
「……嘘、だろう……」
 さすがにこの状況は予想していなかった、とアスランは呟く。もっとも、それはラスティにしても同じ事だ。
「ミゲル達が……ドジったとか?」
「あるいは……ここの誰かがこの施設があるブロックを切り捨てる判断をしたか、だ」
 それであればまだいい、とラスティは思う。だが、崩壊しているのがこのブロックだけではなくヘリオポリスそのものだったとしたら、話は厄介なことになる。
「ともかく……ここから脱出するぞ」
 このままでは崩壊に巻き込まれるだろう。最悪、破片にぶつかって死ぬかもしれない。
 アスランのこの判断は正しいのではないか、と思う。
「了解」
 おとなしくしているから、安全運転で頼む……とラスティは口にした。
「……バカにするな……」
 口にする言葉だけは、いつもの彼らしいものだ。しかし、その口調が微妙に違う。
 それはどうしてなのだろうか。
 ラスティにはわからなかった。