「……こんなもの……」
 真っ先に言葉を絞り出したのは少女だった。そのまま、飛び出そうとする彼女を、キラはとっさに抱き留める。
「何で邪魔をする!」
 そんなキラに、彼女は牙をむいた。
「君が出て行って、どうなるの? それよりは……ここの証拠を持って、もっと別の手段で糾弾すべきじゃないのかな?」
 言外に、このまま飛び出していけば死ぬだけだ、とキラは彼女に告げる。
「そうだよな。無駄死にして、いい結果が生まれるわけないだろう?」
 シンにもこう言われて、彼女は悔しげに唇をかむ。
「……君にできることがあるのなら……それをすべきだよ」
 今は、一度退いたとしても、とキラは微笑んだ。そして、そのまま、彼女を連れて走り出す。
「……どうやら、手を出す必要はなかったな……」
 その後ろ姿を見て、こう呟いていた人物がいたことを、三人は気づかなかった。
「ここから一番近いシェルターというと……」
「あそこだね」
 二人は同時に頷き合う。
「お前達……」
 いいから、急いで!」
 自分たちはこうしていても会話ができる。それは、コーディネイターであるから当然のことだ。しかし、彼女はそうはいかないだろう。
「ひょっとしたら、空きがないかもしれませんよ」
 ふっとシンがこんなセリフを漏らす。
「その時はその時だよ」
 いざとなれば、非常用の緊急脱出カプセルを無断借用してもかまわないだろう。でなければ、先ほどのあれでもいいか、とキラはこっそりと心の中で呟く。一応、基本的な操縦方法だけはあの二人からレクチャーされているし、と。
「生き残ることを優先に考えるなら、どんな方法だって見つけられる」
 そう、あの時のように……とキラは心の中ではき出す。
「だから、まずは女性を優先しようね」
 しかし、表面上はそれを感じさせない表情と口調でキラはシンに呼びかけた。
「もちろんです!」
 どんな相手であろうと、女性は守るべき存在だから……とシンは笑う。
 はっきり言って、この場にはふさわしくない会話だと言っていいのではないか。だが、それも今の自分たちには必要なのだとキラは思う。
「だから、何が言いたいんだ、お前は!」
 少女のこんな叫びが周囲に響き渡った。

「ちっ!」
 予想以上に地球軍の抵抗は激しい。
 それも無理はないのだろうか。
 目の前のこれらを奪われることは、地球軍にとって起死回生の機会を奪われることに等しいのだろう。
「それにしても、こんなに数があるなんて……」
 データーにはなかったぞ、とラスティが呟く。
「……どうする?」
 ラスティが何を言いたいのか、アスランにはわかっていた。このまま、ここに隠れているわけにはいかない。だが、うかつに飛び出せば間違いなく蜂の巣にされてしまうだろう。
 死ぬわけにはいかない以上、何か策を講じなければいけない。
「何か、あいつらの意識をそらす方法があればいいのだが……」
 この状況でそれを見つけるのは難しいのではないか。アスランが忌々しそうに眉を寄せたその瞬間だった。
 周囲をまばゆいばかりの光が支配した。
「何だ?」
「照明弾か……」
 ヘルメットのバイザーを落としている自分たちであれば耐えられただろう。
 だが、裸眼で戦闘をしていた地球軍の者達はどうだろうか。
「ラスティ!」
「了解!」
 誰がこんな事をしたのかはわからない。だが、これがチャンスだ、と言うことは間違いない事実だ。
 そう判断して、二人は今まで隠れていた場所から飛び出す。
 一瞬遅れて、彼等の耳に銃弾が空を切る音が届く。
「ラスティ!」
 何かにはじかれたように、ラスティの体が後方に倒れた。
 彼が撃たれたのだ、と気づいたのは、床に血が流れ出した後だった。
「……悪ぃ……大丈夫……」
 肩を押さえながら、ラスティは体を起こす。どうやら、衝撃で倒れただけらしい。とは言っても、この様子では激しい動きは不可能だろう。
「わかった。俺一人で何とかする」
 だから、隠れていろとアスランは告げた。
「……だが……」
「心配するな。それよりも、仲間を失う方が辛い」
 大切な存在を失うような経験は、二度繰り返せば十分だ。アスランはそう思う。
「すまん……」
 言葉と共に、ラスティは体を引きずるようにして安全だと思われる場所に転がり込んだ。それを確認してから、アスランは視線を機体へと戻す。
「……仲間を守るためにこの手を汚そうとする俺を……お前はどう思うだろうな」
 キラ……と懐かしい面影に向かって呟く。
 だが、それも一瞬のこと。
 次の瞬間には表情を引き締める。そして、そのまま腰に付けたハンドジェットの力を借りて上へと移動をする。
「アスラン、気をつけろよ!」
 そんな彼の背中に向かって、ラスティの声がかけられた。