「……地球軍の動きは?」 ふわりと床に降り立ちながら、ラウはこう問いかける。 「先ほど……それらしき艦が入港していきました」 即座にアデスがこう言葉を返してきた。それに、ラウはうなずき返す。 「では、彼等に作戦開始の合図を。できるだけ、コロニー本体や民間人には被害を出さないように」 そうなれば、オーブとの関係が難しくなるからな……と付け加える。 「わかっているとは思いますが……状況次第でしょうな」 正確には、地球軍の出方次第か。 実直な艦長が何を言いたいのか、ラウにもわかっている。 「できるだけ迅速に……相手の援軍が着く前に終わらせるようにするしかあるまい」 彼が出てくれば話は厄介になる。だが、与えられた情報では、彼もまたこちらに向かっているらしいのだ。 何よりも、あの地には《キラ》がいる。 作戦上必要だ、とはいえ、あの子を悲しませたくはない。 それは、あの男も同じはずだ。 今は立場上、敵対関係にあるとはいえ、キラにたいする気持ちは変わっていないことはわかっている。そして、あの男が自分の現状を認めていないことも、だ。でなければ、カナードを通じてあんな連絡を寄越すはずはない。 だからこそ、ある意味無謀とも取れるこの作戦を決行できたのだ。 「経験不足とはいえ、それなりの実力の持ち主だ。適切なフォローができるものをそばにつけてある。心配はいらない、と思いたいな」 希望的観測かもしれないが、とラウが苦笑を浮かべながら口にする。 「そうですな。ミゲルもおりますし……他の者も、信頼できる者達ですから、皆、無事に戻ってくるでしょう」 アデスもこう頷く。 「隊長!」 この声に視線を向ければ、部下の一人が緊張した面持ちで立っているのがわかった。そして、その背後には見慣れた人影がある。 「すまなかったね。わざわざ来てもらって」 こう呼びかければ、相手は苦虫をかみつぶしたような表情を作った。 「キラさん、ここはこれでいいんですか?」 言葉と共にシンが自分の席で手を振っている。その光景はまるで問題が解けたことをほめて欲しい子供のようだ。 「ちょっと待って……」 それが可愛いとは思うのだが、自分にもやらなければいけない事がある。 「今、ちょっと手を放せないんだ」 ここを間違えれば、一からやり直しになってしまう。とは言っても、これは頼まれたプログラムではない。先日から気になっていたデーターへのハッキングだ。 ここにモルゲンレーテの工場があるのは知っていた。 しかし、そこであんなものを作っていたとは思わなかったのだ。 しかも、それに自分が作ったプログラムが流用されているらしい。それが本当であれば、何とかしなければいけないだろう、と考えていたのだ。 自分が作ったプログラムが、戦争に使われるのはいやだ。 それが、キラの偽りのない気持ちである。 同時に、それが詭弁であることもわかっていた。実際の戦闘には使われていないものの、カナードが使っているMSのOSはキラが彼のために作り上げたものだ。しかし、それは彼を守るために必要なものだから、キラとしては割り切っていたと言っていい。 それはあくまでも、使う相手が《カナード》だからだ。 不特定多数の存在のためのものではない。 第一、彼が無駄に相手を傷つけないとキラは知っている。 だからこそ、彼の頼みに応じたのだ。 だが、とも思う。 同じようなことをあの二人が頼んできたら、逆らえるだろうか。彼等も、カナードと同じくらい大切な相手なのだ。だが、彼等は……と考えたときだ。 「あった……」 目的のデーターに行き着く。とっさにそれを全てコピーすると、キラは自分がアクセスした全ての痕跡をけした。 「キラさん!」 その時、また、シンが呼びかけてくる。 「ごめん。今行くよ」 苦笑と共にキラは腰を上げた。 「じゃ、その次は俺な」 「トールったら」 「いいじゃないか。キラに教えてもらう方が理解できるんだから」 その後を続けるように友人達がこんな会話を繰り広げる。キラとシン以外は、みんなナチュラルだ。だが、ここではそんなこと関係ない。それが嬉しい、とキラは思う。 「わからないところを手伝うのはいいけど、レポートは自分で書いてね、トール」 苦笑混じりに友人に声をかければ、室内に笑いがこだまする。 それを打ち破るかのように、ドアが開かれた。そして、一人の人物が足を踏み入れてくる。 「失礼。ここは、カトーゼミだろうか」 その人物はこう問いかけてきた。その声からは性別がはっきりとわからない。 「そうですが……教授は、今、席を外していらっしゃいますよ?」 彼の助手のような立場にあるキラが、こう答える。そうすれば、その人物は何かを考え込むかのような表情になった。 「戻っていらっしゃるまで、ここで待っていてもかまわないだろうか」 この問いかけに、キラはどう返事をしようか悩む。だが、ここで待っているのであれば、自分が注意をしていればいいだけではないか、とも思う。 「わかりました。ただし、勝手にあちらこちらに行かないでくださいね」 だから、こう告げれば相手はしっかりと頷いて見せた。 目の前に、非常用のハッチがある。それを確認して、アスランは後方にいる者達に合図を送った。 それに、誰もが頷いてみせる。 手にしていた小型の爆弾をハッチに取り付けると同時に、アスランは背後に下がった。そのまま仲間達が待っている場所へと体を滑り込ませる。 一瞬遅れて、振動が伝わってきた。そして、激しい風の流れが通り抜けていく。 障害物がなくなったことを確認して、彼等は流出する空気の流れに逆らって、コロニー内へと侵入していく。 それに気づいたものは、誰もいないらしい。 ならば、このまま最後まで気づかないでくれ。 それは無理だ、とはわかっていても、そう祈らずにはいられないアスランだった。 |