「ただいま、キラ」
「元気そうだな」
 カナードと共にムウが姿を現したのは翌日のことだった。
「ムウ兄さん、カナード兄さん!」
 嬉しそうにキラが彼等に駆け寄っていく。その体を軽々と抱き上げたのはムウだ。
「重くなったか? ちゃんと食わしてもらっていたようだな」
 そのままぶんぶんと振り回す様子を見ていると、彼の中で《キラ》はまだ幼かった頃のイメージのままなのかもしれない。
「心配事も減ったからだろうな」
 そんなことを考えながら、ラウがこう口にする。
「相変わらず、ストレスがあると食べられなくなるのか」
 困ったものだな……とカナードはため息をついて見せた。
「だって……」
 そうすれば、キラが少し困ったような表情を作る。
「……兄さん達、いなかったじゃないか」
 そのまま、泣きそうな口調でこう告げた。
「悪かったって」
 まさかこう返されるとは思わなかったな、と心の中で呟きながら、カナードはキラの頭をなでてやる。
「シンがいるから大丈夫だ、と思ったんだが……って、あの子犬はどこに行った?」
 今更ながらに、キラの隣にいるはずの存在がいない……という事実にカナードは気づく。あれほど、キラから離れるな、と言っておいたのに、とかすかな怒りすら感じてしまった。いくらここにラウがいるとしても、だ。
「彼なら、私がお使いを頼んだよ」
 だから、彼が悪いわけではない、と口にしたのはラウだった。
「もう一人と一緒にね。ラクス嬢の所に行ってもらっている」
 二人が帰ってくるとわかっていたからな……と彼は笑う。どうせなら、家族だけで再会を喜んだ方がいいだろう、と付け加えられては文句を言うわけにはいかないのではないか。
「……家族だけ……なぁ……」
 次の瞬間、ムウが複雑な表情を作る。その理由が何であるのか、カナードは知っている。
「そう言えば、アウル達は?」
 思い出したというようにキラがムウに問いかけた。その瞬間、ラウが思いきり嫌そうな表情を作る。
「あぁ。あいつらなら、今、カガリ嬢の所だ」
 おいてきた、と言う彼に、キラはますます少し眉を寄せた。
「大丈夫なの?」
 あの三人から目を離して……とキラは小さな声で口にする。
「大丈夫だろ。失敗したら、お前に会わせないって言ってあるからな」
 その時の騒ぎをカナードはしっかりと目の前で見せつけられてしまった。もっとも、それはそれで楽しいと言える光景だったといえるかもしれない。それは、今後戦闘が行われる可能性が少なくなった今だから、そう感じるのかもしれないが。
「今日だけはな。ラウの機嫌を損ねたくないし」
「何が言いたいのだ、貴様は」
「言葉通りだろう」
 こんな掛け合いを見られるのも、やはり久しぶりかもしれない。
「……何か、兄さん達、楽しそう……」
 同じ事をキラも考えていたのだろうか。こう呟いている。
「久々に立場を忘れて《兄弟》ができるからだろうな」
 今までは兄弟という以前に、隊長と指揮官という立場があった。もちろん、キラに対しては二人とも《兄》として接していたが、お互いに対してはそれができなかったのだ。
「……ともかく、二人とも。続きは中でやりませんか? キラだっていすに座りたいと思っていると思いますよ」
 膝にのせたいのであれば、中でもできるだろう……とカナードは彼等に声をかける。
「あぁ、そうだな」
 その方がじっくりとキラをかわいがれるなてね……とムウは笑う。その彼の腕に抱き上げられたままキラは頬をふくらませた。
「僕は、兄さんに抱っこされていなきゃない子供じゃないってば!」
 自分で歩く、とキラはさらに付け加える。
「いいじゃないか。ラウと違って、俺はしばらく離れてたんだぞ」
 仕方がない事だったとは言え……と寂しかったんだ、とムウはわざとらしい口調で言い返しながら歩き出す。
「ムウ兄さんってば!」
 じたばたとキラが暴れ出した。しかし、その程度でムウがキラを解放するはずはない。むしろ、そうされる事を楽しんでいるのではないだろうか。
 考えてみれば、そんな光景もあの日から見られなくなっていた。
 だから、どこか懐かしいと思えるのだろうか。
「諦めるんだな、キラ。ムウがそんなことでどうこうするとは思っていないのだろう、お前も」
 同じ事を考えているのかもしれない。ラウが苦笑混じりにこう声をかけている。
「ラウ兄さんの、けち〜〜!」
 助けてくれてもいいじゃない! とキラはさらにじたばたし始めた。
「……けちも何も……事実だから仕方がないだろう?」
 俺は諦める気はないんだし……と口にしたのはもちろんムウだ。
「第一、このくらい今更どうって事はないだろう? 俺はお前のおしめを替えてやったこともあるんだぞ」
「わぁぁぁぁぁぁっ!」
 あのころのお前は……とさらに付け加えようとする彼の口をキラが慌てて抑える。このまま放っておけば何を言われるかキラもわかっているのだ。
「だから、あきらめろって。どうあがいても、一回り上の人間に勝てるわけないんだしな」
 そんなキラに向かってカナードもこう声をかける。
「……う〜〜っ……」
 そうすれば、キラが泣きそうな声でうなった。
「いい加減、キラで遊ぶのはそこまでにしておかないと……本気で泣き出すぞ」
 さすがにかわいそうになったのだろうか。ラウが助け船を出す。しかし、いい加減遅かったとしか言いようがない。
「兄さん達なんて、嫌いだぁ!」
 キラがとうとう爆発してしまう。
「……これは、なだめるのが大変だな……」
 それでも、自分たちは楽しみながらそうするのだろうな。カナードはそんなことを考えていた。