自分がここにいていいのだろうか。
 そんなことを考えて、キラは思わず部屋の隅へ移動したくなる。しかし、シンとレイが側にいるから、それもはばかられた。いや、それでなくても、移動しようとしたらかえって人目をひいてしまうだろう、と思える。
 それでも、とキラは小さなため息をつく。
「キラさん?」
 どうかしたのか、とレイが囁いてくる。
「ちょっと、ね」
 こういう席になれていないだけ……とキラは囁き返す。
「僕が、ここにいるべきじゃない、とも思うんだけど」
 ただの民間人だし……とキラは呟くように口にした。
「何を言っていらっしゃるんですか」
「……戦争が終わったのは、キラさんの功績が大きいですって」
 出なければ、オーブはここまで積極的に動かなかったのではないか。シンもまたこう言ってくる。
「それに……少なくともあれのデーターはキラさんが整理されたじゃないですか」
 だから、気にするな……と彼はさらに言葉を重ねてきた。
「……言葉は悪いかもしれませんが……キラさんは、あの方々の逃亡防止の重しみたいなものですし……」
 特に彼の……と言いながらレイが視線を向けたのはムウだった。
「あきらめろ」
 さらに、キラの後ろでおとなしく話を聞いていたカナードまでもがこう口にする。
「……わかっているんだけど……」
 でも、落ち着かないのだ……とキラは呟く。
「すぐに終わる。あの三人もおとなしくしているんだ。我慢するんだな」
 いいこだから……とまで言われては、キラとしてもおとなしくしていないわけにはいかない。
「……場違い、じゃないのかな、本当に」
 キラはそれでもこの考えを捨てきれない。プラントの代表者はもちろん、オーブ、そして地球連合の関係者も、先ほどから自分に視線を向けてくる。それは、自分がここにいることをとがめているように思えてならないのだ。
「錯覚ですって」
「……後少しですから、我慢してください」
「……うん……」
 二人の言葉に、キラは小さく頷く。
 だが、早く終わって欲しい……と思うこともまた事実だ。
「終わったら、アスランさん達が来ますから。そうしたら、ここをさっさと抜け出しましょう」
 その後は、計画通り、みんなで騒ぎましょう……とレイは笑う。そんな彼の表情は最近見られるようになったものだ。
 あるいは、彼も何かを振り切ったのかもしれない。
「場所は、用意してあるんだよな?」
 もちろん、シンもまた即座にそれに囁き返す。彼の耳は、目の前で繰り広げられている演説を見事にシャットアウトしているらしい。それはそれでうらやましいかもしれない、とキラは思う。
「ギルが手を回してくれたから、大丈夫だ」
 キラにいいところを見せたくてがんばっているから大丈夫だろう、とレイはさらに付け加える。そう言うところも、変わったところだろうか。
「なら、いいのか」
 一番のお祝いは親しい人たちとやりたいしな……と言うシンの意見にはキラも賛成だ。
「その後の騒ぎは……その後で考えればいいんじゃないのかな」
 どうせ、あっさりと全てが終わるとは思えないし……とシンはさらに言葉を重ねてくる。
「それに関しては……否定できないのが悲しいね」
 確かに、何故か戦後の方が問題が山積みのような気がしてならない……とキラは思う。それはどうしてなのだろうか、とも思う。
「……でも、僕は、兄さん達と一緒にいられればいいんだけど」
 どこの国でも……とキラは心の中で呟いた。それができるのであれば、不本意だが地球連合でもいいか、とすら考えてしまう。もっとも、それは兄たちが阻止するだろうが。
「……ひょっとして……一番の障害は……お兄さん達か」
「高いハードルだな、ギルには」
 他の者達にも同様かもしれないが……とレイが小さな声で呟く。
「当たり前だろうが」
 そう簡単に、可愛い弟を渡すか……とカナードが参戦してきた。
「少なくとも、俺たちに認められない相手でなければ、キラの側に近づけん」
 きっぱりという彼の言葉は、おそらく他の二人も同じ気持ちなのだろう。しかし、それを聞いて本人が嬉しいか、と言うと悩む事実でがある。
 最悪、彼等に認められる相手でなければ、女の子とも付き合えないのではないだろうか。そんなことも考えてしまう。
 その時だ。
 キラのくだらないが、それでいて切実とも言える思考を遮るかのように盛大な拍手が鳴り響く。どうやら、調停式が終わったらしい。
「さて……お偉方に掴まる前にみんなと合流できればいいのだがな」
 でなければ、無条件でこの後の会食にも付き合わされてしまうな、とカナードが口にする。
「アスランさん達はまだ楽でしょうけどね」
 問題はラクスとカガリ、そしてムウ達ではないだろうか。特に、前者の二人は今回の立役者だと言ってもいいのだから、と。
「何とかするだろう、あの人達なら」
 キラの側に来るためなら何でもするだろう、というレイの言葉をどう受け止めればいいのだろうか。キラがそんなことを考えたときだ。
「キラ!」
 さりげなく近づいてきていたアスランが声をかけてくる。
「他の人たちはみんながフォローしてくれる。だから、キラは俺と一緒に、さっさとここを抜け出そう」
 でないと、掴まってしまうから……と彼はキラの手を取った。
「アスランさん!」
「声を出すな。ばれるぞ」
 父上達が会食の時にキラを手元に置こうと考えているらしいのだ、とアスランは囁いてくる。
「何で?」
「……何でだろうな」
 ともかく、見つければ厄介だ……という言葉には賛成だ。だから、キラはアスランに導かれるがままそっと移動を開始する。もちろん、カナードやシン達も一緒だ。
 しかし、そんな彼等の行動が目立たないわけはない。
「キラ君!」
「待ちなさい」
 しっかりとパトリック達の声がキラ達を追いかけてきた。
「キラ!」
「うん」
 それを耳にした瞬間、キラ達は思い切り駆け出す。その先には、外の光が待ちかまえていた。