子供達を、未来を守るためには何をすべきなのか。
 それを考えれば、答えは一つしかないであろう。それはわかっている。
 だが、と思うのだ。
 大切なものを失った痛みは、いったいどこに向かえばいいのだろう。
 今は、それらが全て地球軍に向けられている。だが、停戦となれば、そうするわけにはいかない。そして、火種は残り続けるのではないだろうか。
「……私も、あれを失った痛みを、まだ、忘れられずにいるからな」
 そして、それを消す方法がわからないのだ、とパトリックは続ける。
「それでも、少なくとも我々だけは冷静でいなければいけない。違うかね?」
 彼の耳に、シーゲルの落ち着いた声が届く。
「そして、人々には希望が与えられる。失った痛みは消せぬかもしれぬが……それでも、未来を見つめるきっかけにはなろう」
 そのために、自分たちは子供達の手を借りたのだ、と彼は続ける。何も知らずに、それぞれの生活を送っていた彼等に、現実を突きつけたのは……私たちのエゴ、だろうからな」
 違うのか……という言葉に、パトリックは苦笑を返す。
「いずれ……と考えていたことは、事実だがな」
 そう。
 いずれは、彼等に真実を伝えなければいけなかった。
 彼等の存在がコーディネイターの未来への鍵であったが故に。
 しかし、平時であればそれは《今》ではなかったはず……と言うことも否定できない事実だ。
「……だが、現実問題として、我らは彼等の存在のおかげで未来を手にし……そして、それはナチュラルであるウズミの存在があったからこそ可能だったのだ。それは、否定できない事実であろう?」
 彼の存在があったからこそ、あの子供達は今まで無事に過ごしてこれたことも否定できない事実だ。たとえそれが、マルキオの手配したものであっても、だ。
「それもわかっているつもりだ」
 しかし、とパトリックは呟く。
「そのために、失われたものが……多すぎるのだよ、私には」
 レノアだけではない。
 キラ達の実の両親であったユーレンとヴィア。そして、彼の育ての親であったハルマとカリダ。
 彼等もまた、ブルーコスモスの凶行によって永遠に失われてしまったのだ。
「だが、残されているものもあるだろう?」
 自分にも、そしてパトリックの手の中にも……とシーゲルは問いかけてくる。
「カガリ嬢のことは心配いるまい。オーブの姫を害しようというものはそういないだろうからな。だが、キラ君の方はどうだろうか」
 彼の後ろ盾は弱い。
 それは《キラ》という存在を人目から隠すために必要なことだった。
 だが、今の状況ではそれはマイナスかもしれない、とは思う。
 公的には《キラ・ヤマト》はラウ・ル・クルーゼの《義弟》という存在でしかないのだ。
「彼に関しては、私が責任を持つつもりではいるがな」
 アスランの親友という立場があれば、それは十分に可能だろう。パトリックはそう考えている。
「……あれも、まだ諦めたとは言い切れないだろうしな」
 今はおとなしくしているようだが、今後もそうだとは言い切れない。
 いや、彼だけではないだろう。
 彼の正体を知れば、その身柄を手に入れようと考えるものが他に出てきたとしてもおかしくはない。それだけ、キラの存在は魅力的だとも言える。
「気持ちはわからなくもないが……本人が望んでいないのでは、認めるわけにはいかないだろう」
 シーゲルも頷いた。
「しばらくは、クルーゼ隊長も本国にいるのだろう。そして、彼等も、だ」
 その間は心配いらないだろう、という考えにはパトリックも同意だ。
「できれば、その間に全てを終わらせてしまいたいものだな」
 地球連合との和平を……とシーゲルは付け加える。
「……可能で、あれば……な」
 それが認められるか。一瞬、パトリックは叫び出しそうになる。
 だが、今はそうするしかないのだ。
 お互いの国民が疲弊し始めている今だからこそ、一時的にでも……と思う。
 その間に、新しい希望が人々の心を明るくしてくれれば、と願うのはパトリックだけではあるまい。
「まずは、彼等が無事に帰国してくれることが重要だろうがな」
 そして、ウズミと話し合わなければなるまい、とパトリックは続ける。
「カガリ嬢がこちらに来るのだ。それが口実になるのであろう」
 あるいは、それを見通して彼女を自分たちに預けてくれたのか。
 彼の思惑ははっきりとはしないが、少なくとも自分たちに敵意を持っていないことだけはわかっていた。だからこそ、今回のことも受け入れたのだ。
「彼等の顔を見れば、何か良い考えが見つかるかもしれんぞ」
 今は、その余裕がないのではないか、とシーゲルは指摘してくる。その言葉に、パトリックはそうかもしれないな、と素直に納得した。
「彼等が戻ってきてから、内々で食事会でも開くかね?」
 うちの娘も一緒だしな。口実はある……と付け加える彼に、パトリックは微苦笑を浮かべる。
「それが良かろう。ただし、あまり人数は増やさないようにしてくれ。キラ君が嫌がるはずだ」
「覚えておこう」
 パトリックの言葉にシーゲルは頷き返す。
 珍しくも、彼等の間に穏やかな時間が流れていたことは事実だった。