「……キラ?」
 いつからか。キラの言葉が聞こえなくなった。
 それを不審に思って視線を向ければ、小さく船をこいでいるのが確認できる。
「あらあら」
「疲れたのか」
 アスランにつられるように視線を向けたラクスとカガリが苦笑を浮かべていた。
「ベッドに移動してもらった方がいいですよね」
 こう言いながら、シンが腰を上げる。彼が、自分が離れていた間のキラを守ってくれていた、と言うことは知っている。それでも――いや、それだからこそ、今、キラの面倒を彼に見させたくない、とアスランは思ってしまう。
「俺がやるよ」
 さりげなくこう口にすると、アスランはそっとキラを抱き上げる。そして、そのまま廊下へと移動をした。その後を当然のようにシンが付いてくる。
「別に、キラになにもしないぞ、俺は」
 見張っていなくても、とアスランは彼に告げた。
「そういうわけじゃありません」
 しかし、シンは苦笑と共にこう言い返してくる。
「俺はカナードさんからキラさんの側にいるように言われていますし……ムウさんからも命令されていますから」
 もし、キラから離れたらどのような目に遭わされるかわからない、と彼はため息をつく。
 そう言われてしまえば、アスランとしても納得するしかない。
「相変わらずなのか、あの人達は」
 その上、ここにはラウもいるのだ。
 キラに下手な接し方をすればどうなるか。簡単に想像が付いてしまう。
「昔から過保護だ……とは思っていたが……全てがわかってしまえば納得するしかないんだがな」
 キラの存在が重要であるが故に。そして、キラに少しでも普通の生活をさせてやるために、彼等は最大の努力をしてきたのだろう。
「……あの三人の中でカナードさんが一番恐い、というのは俺も賛成するか」
「そうなんですか?」
 自分は、ムウとカナードしか知らないのだが……とシンは聞き返してくる。
「もっとも、一番怒らせていけないのは、うちの隊長だと思うぞ」
 正体をばらすまでの自分に対する接し方を見れば……とアスランは心の中で呟く。
「覚えておきます」
 きまじめそうな口調でシンがこう言い返してくる。
「そうだな」
 そうしておいてくれ、と言ったところで、キラ達に与えられている部屋の前に着く。即座に、シンがドアのロックをはずした。
「キラのベッドは……」
「まだ決まっていません。どこでもいいと思いますが……」
 どのみち、あれから出てくればあの三人も押しかけてくるのだ。そして、ムウだって、何だかんだ言ってここに入り浸るに決まっている。シンはそう言って笑う。
「あちらで経験済み、という事か」
 キラは人気者だからな、とアスランも笑い返した。
 それと同時に、心の中でがんばらないと、と呟く。でなければ、キラの《一番》を他の人間に取られてしまうかもしれないな、と。
 しかし、相変わらずあの三人が最大の難関であることだけは間違いないだろう。
 そんな彼等に認められるには、何をすればいいのか。
 キラをそっとベッドに横たえてやりながら、アスランはそんなことを考えていた。

「……プラント、に?」
 オーブに戻るのではないのか、とキラは問いかけてくる。
「地球軍の動きが見えないからな」
 オーブにも地球軍関係者が潜んでいるはずだ……とムウは言葉を返す。
「お前の正体にあちらが気づいているとは思わんが……それでも、お前があちらにとらわれた場合、精神的な損害が大きいのでね」
 私たちの、とラウもムウの言葉に同意を見せた。
「それに、今回のことがあっただろう。オーブも、安全だ……とは言えない」
 残念だがな、と付け加えたのはこの場にカガリ達とシンがいたからだ。でなければ、もう少し厳しい意見も口にしていたかもしれない、とラウは心の中で付け加える。
「プラントであれば、私の自宅もある。ムウは無理としても……カナードなら大丈夫だからね。今までと変わらない」
 いや、ムウとも頻繁に取れるようになるかもしれないよ、とラウはキラを安心させるように微笑む。
「そうかもしれないけど……でも……」
 状況によっては、みんなと会えなくなるかもしれない、と不安に思っているらしいことがその表情からわかった。
「心配はいらない。オーブとは敵対する予定がないのだから」
 違うかね、とラウはカガリに話を振る。
「当たり前だ! オーブはどちらの種族も、区別なく受け入れる。それが、私たちの理念だ」
 だから、どのような事態になってもプラントと矛先を交えるようなことはしない、と彼女は怒鳴るように口にした。
「……それもわかっているけど……」
 でも、離れ離れになるのは寂しいかも……とキラはようやく本音を口にする。
「心配するな。シン・アスカは置いていく」
 そういう問題ではあるまい、と思うものの、胸を張って言葉を口にしたカガリに反論をする気にもなれない。
「それはいいな。ついでにしごくか」
 低い声で笑いながらカナードがこう言えば、キラだけではなくシンまで表情をこわばらせる。
「本国においでなら、私も遊びに行かせて頂きますわ」
 そんな二人に向かって、ラクスが微笑みと共にこう告げた。それが場の雰囲気を和らげる。
「大丈夫だ、キラ。父上にも頼んでおく」
 何も心配はいらない、とアスランもまた告げた。
「……微力ながら、私も手を貸そう」
 こう言ってきたのは、タッドだ。
「ただ……できればでかまわないが、データーの整理を手伝ってもらえるとありがたい」
 無理強いはできないが、と付け加えた彼の言葉の裏に、キラの意志を尊重しようと言う態度が見え隠れしている。それとも、キラが《オーブ》の人間だからか。どちらにしても、キラのためには味方が多い方がいいだろう、とラウは思う。
「……僕よりも優秀な方がいらっしゃるのではないですか?」
 キラはタッドに向かって小首をかしげてみせる。そのままラウ達へと視線を向けてきたのは、間違いなく、自分たちの判断を求めてのことだろう。
「できることなら、かまわねぇと思うぞ、俺は」
 ムウがこう言って笑う。
「そうだな。できることならばかまわないだろう。戦争に関わることではないからね」
 だから、キラがやりたいのであればかまわないよ……とラウも微笑んだ。
「もっとも、何もしなくてもお前達を養えるだけの働きはしているがな」
 金銭面では何も心配することはない、とそのまま付け加えれば、ムウが不意に視線をさまよわせる。
「ムウ兄さん?」
 どうかしたのか、とキラは彼に声をかけていた。
「……あまり追及しないでおいてやれ、キラ」
 ムウ兄さんの場合、あれこれあったようだからな……と脇から口を挟んできたのはカナードである。どうやら、彼は何かを知っているらしい。意味ありげな笑みを口元に刻んでいる。
「第一、しばらくは久々に四人一緒に暮らせるようだしな」
 それで我慢しろと、その表情のままカナードは言葉を続けた。
「ついでに、あの三人も、な」
 他の者達も、しばらくは本国勤務だ……とラウが口にすれば、キラがほっとしたような表情になる。
「俺らも?」
「ムウ?」
「俺、キラと同じ部屋が、いい!」
 その上、キラとムウのそばで好き勝手な姿勢を取っていた三人までもが嬉しげにこう言ってきた。
「……ラウ兄さん?」
 こんな大人数で大丈夫なのか、とキラが今までとは違った意味で不安そうな表情を作る。
「まぁ、何とかなるだろう」
 いざとなれば、引っ越してもかまわないだろう。普段自分はいないのだから、キラの都合の良さそうな場所に家を借り直せばいいだけだ、とラウはあっさりと結論を出す。
「……私だけ、仲間はずれか」
 仕方がないとはわかっていても、何か面白くない……とカガリが付け加えた。
「その代わり、君には君にしかできないことがあるのではないかな?」
 ウズミの娘であるカガリでなければできないことが……とラウは彼女に問いかける。
「そうかもしれないが……」
 だが、悔しいんだ……と彼女は付け加えた。
「……戦争さえ終われば……きっと、自由に会いに行けるようになるのにね」
 プラントとオーブの間も、とキラが呟く。
「何。すぐに終わる」
 いや、終わらせてみせるとラウは心の中で呟いた。
「そうだな。そのためには、ウズミ様の助力が必要になるだろうが……とりあえずは終わるだろうよ」
 問題なのは、それがいつまで続くか、だろうが。それは為政者達の問題だろう、とラウは心の中で呟く。ただ、キラのためには一日でも長く続いてくれる事を祈るしかないのだが、とも。
「……その後は、私たちの努力次第か……」
「そう言うことになりますわね」
 ラウが言いたいことを少女達は的確に読み取ったらしい。それぞれがこんなセリフを口にした。
「ですから、キラ様は何も心配されなくていいのですわ」
 さりげなくラクスがキラにアピールをしている。そうすれば、他の者達も負けじと自分をアピールし始めた。
「どうやら……騒がしくなるか」
 弟離れできない兄としては、ちょっと複雑なものがあるな……とラウはかすかに苦笑を浮かべる。もっとも、それは他の二人も同じであることを彼はよく知っていたが。