世界の情勢は、ゆっくりと変わっていく。
 月も、いつの間にかコーディネイターが住めない場所へとなりつつあった。
「キラも……いつかプラントに来るんだろう?」
 桜吹雪の下で、アスランが悲しげに微笑んでみせる。しかし、キラはそれに言葉を返すことはできない。
 プラントには、確かにラウがいる。
 第一世代とはいえ、コーディネイターである自分とカナードが行っても困らないだろう。
 しかし、それは大好きな両親やムウと別れると言うことでもある。
「……アスラン……」
 どちらの種族の者達とも仲良く暮らしていきたい、と思うことはわがままなのか。
 大切な人を大切と思う気持ちは自分勝手なのか。
 いずれは、自分もどちらか片方を選択しなければいけないのか、と考えるだけでキラは悲しくなる。
「アスラン……僕は……」
「僕だけじゃない。みんなも、待ってるよ」
 気に入らない奴も中にはいるけど、キラが好きだ……という気持ちだけは疑わないから……と彼は微笑む。
「……戦争に、なるのかな……」
 自分の気持ちの代わりに、キラは呟くようにこう口にした。
「ならないよ、多分……そのために、父上達ががんばっているんだ」
 だから、きっと、おばさま達もプラントに来られる日が来るよ……とアスランはさらに笑みを深める。
「だから、その日まで僕の代わりにこの子をキラの側に置いてくれる?」
 言葉と共に、アスランは手のひらの上にのせられた緑色のロボットバードを差し出した。
「アスラン、これ……」
「首をかしげて鳴いて、飛ぶよ?」
 欲しいって言っていただろう? とアスランは微笑む。しかし、それが泣き笑いの表情に見えたのは、キラの錯覚ではないだろう。
「僕、マイクロユニット、苦手だよ……」
「わかってる。だから、頑丈に作ったから」
 それに、これが壊れる前にまた会えるよ、とアスランは口にする。
「……うん……」
 それが甘い考えだ、と言うことはあるいは彼にもわかっているのかもしれない。それでも、そう願っていればきっと現実になると考えているのか。
「大好きだよ、キラ」
 ずっと……と言って微笑む彼を、桜の花びらが覆い隠した。

「どうやら……あの男に、居場所がばれたようです……」
 何の前触れもなくやってきたラウが、こう告げる。その言葉に、ハルマとカリダは眉を寄せた。
「直接確かめたわけではありませんが……あの男は、あの子を手元に呼び寄せたいという気持ちを抱いているらしいです」
 どのような方法を使ってでも……というラウに、カナードはきつい視線を向ける。
「理由は?」
 どうして、キラを手に入れようとしているのか。
 それは自分たちの生まれ方に関係しているのは間違いないだろう。だが、それならば自分でもいいのではないか。そう思うのだ。
「俺たちが、あれから生まれたからってだけじゃなさそうだよな」
 だから、その疑問をストレートにぶつける。状況がわからなければ、自分がキラをその男に引き渡す手助けをしてしまうかもしれない、と判断したのだ。
「……キラの本当の父親が……あの男、だからだよ」
 思い切り、認めたくない事実だがな……とラウははき出すように口にする。
「まだ、お前が実の母親の胎内にいた頃に……そういう話を持ち出したのだそうだ。結果的に……あの男はあの子の《父》という権利を金で買ったのだよ」
 だからといって、今はいないあの二人が《キラ》を愛おしく思わなかったわけではない。彼等にしてみれば――その根本的理由に差はあれども――キラもまた、可愛い子供だったのだから。
 だからこそ、あの男に渡すまいと手を尽くしたに決まっている。
 あの男の元でキラが幸せになれるとは考えられなかったのだから。
 ラウは淡々とした口調でこう告げる。
「……第一、キラは真実を知らないのだ。おじさま達を本当のご両親と信じている」
 そんな彼に、あの男が『実の父親だ』と告げたら、あの子がどれだけショックを受けるか。それは、カナードにも簡単に想像ができる。
「どのみち……我々も、ここから引っ越しを考えなければならないのは、事実だからね」
 ハルマが深いため息と共にこう告げた。
「本社からも、そう指示がでているからね」
 ただ、と彼はラウを見つめる。
「君たちとの連絡を取るの難しくなるかもしれない。もっとも、マルキオ様経由でならば、確実に届くだろうが」
 時間は少々かかるかもしれないがね、と口にする彼の態度から、それほどまでに現状は悪い方向へ向かっているのか、とカナードは推測した。
 そう言えば、キラは今、アスランを見送りに行っているはずだ。そして、その関係でラウはここにいる。
「……キラが、悲しむな……」
 ただでさえ、友達が皆、離れていくというのに、その上二人とも連絡が取れなくなるのでは……とカナードは呟く。
「その分、お前がキラを支えてやってくれ」
 カナードがキラの側にいてくれるから、自分たちは安心できるのだ……とラウは微笑む。 「当たり前だ!」
 キラの側にいて、ずっと彼を守るのが自分の役目だ。そう、自分で決めたのだから、とカナードは言い返す。
「頼むぞ」
 そんな彼に、ラウは微笑みを向けた。

 しかし、誰も、それ以上の別れがあるとは考えてもいなかった。
 きっとまたいつか自分たちは同じ食卓を囲むことができるのだ、とそう信じていたのだ。
 だが、現実はそんなに甘いものではなかった。
 それとも、自分たちをねらう存在が……と言い直すべきだろうか。
 ねらい澄ましたかのように、自分たちだけ無傷だったのには、何か裏があるのではないかとすら思える。同時に、これからどうすればいいのかとも。
 それでも、自暴自棄にならなかったのは、間違いなく腕の中の存在があるからだ。そうでなければ、自分でもどうするかわからない。
 腕の中で震えているキラを抱きしめながら、カナードは彼に支えられている自分を自覚していた。