彼等に初めてあったのは……確か、俺が十二、あいつが九歳の時だったろうか。 ある事件で両親を失った俺たちを引き取ってくれたのは、メンデルで研究所を持っていた夫婦だった。彼等は何でも、コーディネイターの出生率の悪化を防ぐ研究をしていたのだとか。 「これはね……今はコーディネイターのためのものかもしれないけど……いずれは子供が産めない全ての人々のためになって欲しいと思っているの」 もっとも、それを認めない連中もいるとか、と言っていた。 だから、これから生まれた一人と、これから生まれてくる一人を絶対に守らなければいけないのだ、と俺たちを引き取ってくれた人は悲しげに微笑みながら教えてくれた。 同時に、あの人は大きなおなかも抱えていたんだ。 「ここにね、赤ちゃんがいるの」 そして、あそこにも……と口にしながら、彼女はふわりと微笑んで見せる。 「どうして、二人ともおなかで育てないんですか?」 それに対し、あいつがこんな疑問をぶつけた。 「こら!」 そういう質問はマナー違反だろうが。 こう言いたいところだが……こいつの場合は仕方がないんだろうな、きっと。 「……いろいろと、複雑な理由があるの……あの子と同じようにね」 彼は、厳密に言えば実験のために人工子宮に移されたわけではないらしい。 受胎したところで、母親が胎内で彼を育てることができなくなってしまった。だから、人工子宮に移したのだ、という。 それと同じ事が、あの子にも言えるのだろうか。 「でも、どちらも私にとっては……可愛い子供達だわ」 本当は、あの子も自分の胎内で育てたかったのだが……と彼女は小さくため息をつく。 「……ほら、謝れ……」 きっと辛い告白だっただろうに……そう思って、俺はあいつの頭をこづいた。 「ごめん……なさい……」 さすがにまずいと本人も思っていたのだろう。即座に――だが、言いにくそうに――謝罪の言葉を口にした。 「いいのよ。私自身も……どうしておなかの中で育ててあげられなかったのかって思うもの」 だから、あそこから出てきたら、このこと同じくらい愛してあげるの……と彼女は優しく微笑んだ。 「あなた達も、そうしてくれるかしら?」 そして、こう問いかけてくる。 「もちろんです」 「俺も、同じです……」 俺たちの言葉に、彼女はさらに笑みを深めた。 母はともかく、父親からはほとんど愛情らしきものを受け取れなかった俺たちにとって、ここは居心地がいいなんてものじゃない。 ある意味、ゆりかごの中の世界……というのか。そんなくらい優しくて暖かな場所だ。 そして、ちびたちも俺になついてくれたから。あいつは、コーディネイトされているせいか、年下のくせに妙に大人びているからかわいげがない、といえる。逆に言えば、そうやって背伸びをしているところも可愛いと言えるのかもしれないけどな。 「このまま、ずっと、こうしていられればいいのにな……」 父親似の金髪の赤ん坊をあやしながら、俺はこう呟く。 「そうだな……この子達のためにも」 こういうあいつの膝の上では母親そっくりのこの子の片割れが笑っている。 優しくその頬をつつけば、あの子はきゃっきゃっと笑い声を上げながら、その指を捕らえようと手を伸ばす。しかし、その指に捕まらないように、あいつは微妙な距離を保ちつつ、手を動かしている。そして、隙を見ては頬をつついていた。 それを見ていた俺の頬に、小さな手が添えられる。 「何だ? お前もして欲しいのか?」 あれを……と付け加えながら、俺は手をひらひらと動かしてみせる。 そうすれば、即座に歓声が上がった。 「……ずるい……」 二人とそれぞれ遊んでいれば、声変わりもまだな声が二人の耳にぶつかってくる。 「ずるいってなぁ……今までお昼寝をしていた奴は誰だ?」 だから、こいつらとだけ遊んでいたんだろうと言えば、お子様はむっとしたような表情になった。だが、それ以上は何も言い返してこない。その代わりに視線で遊んで欲しいと訴えてきた。 「お前といい、そいつといい……言葉や態度よりも瞳の方が雄弁だっていうのは何なんだかな」 苦笑混じりにこう告げれば、お子様は紫の瞳にむっとしたような感情を滲ませる。そう言うところが雄弁だと言っているのだが、と思いながら、俺は手招いてやった。 おそるおそるという様子でお子様は歩み寄ってくる。そして、俺の膝にとりついた。 三歳にもならない小さな体は、片足で持ち上げることができる。 だからそのまま足を振り回してやれば、お子様も嬉しそうに笑い声を上げる。 「あらあら……良かったわね。お兄ちゃん達に遊んでもらって」 そこに、おやつを持った彼女が姿を現した。しかし。その表情はどこかさえない。 「ごめんね……御用事なの」 そして、テーブルにおやつを置くと、代わりにあの子を抱き上げた。 「検査、ですか?」 あの子は特別だから……こっちのこと違って毎日検査が義務づけられている。しかし、今日の分はもう終わったはずだ、と思う。 「……いいえ……」 彼女は小さくため息をつくと首を横に振って見せた。 「じゃ……あいつが、来ているんですか?」 俺よりも二歳年上のあいつ。 はっきり言って、俺はあいつが嫌いだった。 「仕方がないわ……」 言外に、彼女はその事実を肯定する。そして、そのままあの子を連れて行ってしまう。 「俺、あいつ、嫌い」 ぼそっとお子様が呟く。 「気が合うな……俺も同じだ」 それでも、逆らえないのは……彼女たちがそれを認めているからだろう。 あの子をここから連れ去らないだけマシ……と考えるしかないんだろうな。そう思いながらも、俺は二人が消えたドアをにらみつけた。 |