「……キラを連れて逃げ出したい気分だね」
 前回とは違った意味で、とギルバートはため息をつく。しかし、今回はラウも敵に回るだろう。そうなった場合、逃げ切れるかどうか。
「難しいか」
 何よりも、とまたため息をついた。キラがそれを望まないだろう。
「……まさか、使節団の中に、キラのご両親がいるとは……」
 およそ、十年ぶりの再会。
 彼等がキラの本当の両親でないことはラウから聞かされていた。それでも《キラ・ヤマト》の両親は彼等だけなのだ。
 そんな人々に、婚約者である自分が挨拶をしないわけにはいかない。
 しかし、とため息をつく。
「それがこんなにも緊張することだとは思わなかったな」
 他の相手ならば、どんな立場の人間だろうと、ここまで緊張しないのに……と思う。
「挨拶に、まずは何と言えばいいのか」
 普通に挨拶をすればいいのだろうが、しかし……と考えれば考えるほどわからなくなる。しかも、こう言うときに限って相談に乗ってくれそうな相手を見つけられないのだ。
「本当に、誰も彼も、あてにならないね」
 これは八つ当たりだ。それでも、こう言わずにはいられない。
「……お茶でも持ってこさせるか」
 少し落ち着けば、あるいはこの状況から抜け出せるかもしれない。そう考えて、指示を出そうと端末に手を伸ばしたときだ。
「ギルさん?」
 ノックの音と共にキラの声が響いてくる。
「開いているよ」
 その声を聞くだけで、何故か今までの悩みがくだらないもののように思えるのはどうしてなのだろうか。そう考えながらもギルバートは言葉を重ねる。
「入っておいで」
 その呼びかけに、直ぐにドアが開かれた。そして、キラが顔を出す。
「あの……お茶を飲みますか?」
 おずおずとこう問いかけてくる。
「丁度、飲みたいと思っていたところだよ」
 微笑みながら、ギルバートはこう言い返す。
「よかった」
 そうすれば、キラはほっとしたような表情を作った。
「実は、用意してきたんです」
 言葉とともに、彼女は一度姿を消す。しかし、直ぐにワゴンを押して入ってきた。
「何か、落ち着かなくて」
 苦笑と共に彼女はそう言いながら、流れるような手つきでポットからカップへとお茶を注ぐ。
「おかしいですよね。確かに、僕の父さんと母さんなのに」
 カナードとは、離れていたけれどもそんなに気負うことはなかった。しかし、両親となると話は別だ、と彼女は付け加える。
「それはきっと、ご両親だから……ではないかな?」
 まさか、彼女がそんなことを考えているとは思わなかった。そう心の中で呟きながらも言葉を口にする。
「自分の成長を見られるのが怖い、と思っているのかもしれないね」
 両親をがっかりさせるかもしれない。その事実が怖いのではないか。ギルバートは微笑みながらそう告げる。
「しかし、それを言うなら、私はどうすればいいのかな?」
 一度もあったことがないのに、婚約者としての挨拶をしなければいけないのだよ……と付け加えた。
「ギルさんなら、心配、いらないと思います」
 母は絶対に気にいると思う。そう彼女は断言をした。
「だといいのだが」
 ラウをはじめとした者達が彼女たちに何を吹き込んでくれているかもわからない。そう心の中で付け加えた。
「大丈夫です。だって、ギルさんはかっこいいです」
 それに優しいから、とキラは微笑む。
「キラにそう言ってもらえると嬉しいね」
 彼女の前では、みっともない姿を見せないようにしてきた甲斐があったのだろうか。
「では、君に恥をかかせないよう、頑張ろうかね」
 そう考えながら、紅茶に口を付けた。







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最遊釈厄伝