「退院、おめでとう……と言うべきなのかな」
 書斎にはカナードがいた。しかも、まるで自分の部屋のようにくつろいでいる。
「……カナード兄さん……」
 あきれているのか――それとも非難しているのか――キラが彼の名を呼んだ。
「なかなか、ここの蔵書は興味深いものが多い。だから、ちょっと借りているだけだろう?」
 ラウの指示だ、と彼は思いきり不本意そうな表情で付け加える。
「ラウ兄さんの?」
 いったいどういうことなのだろう、とキラは首をかしげた。
「この前、ちょっと彼はやりすぎてしまってね。しばらく、ここで大人しくしているように、と言われたのだよ」
 ラウが傍にいるときならば構わないのだろうが、とギルバートが説明の言葉を口にする。
「……カナード兄さん、何をやったの?」
 キラが首をかしげながら問いかけた。
「何って……バカをのしただけだ」
 勝手に因縁をつけてくれたからな、と彼は言い返す。
「ナチュラルならそれなりに手加減をするんだが……コーディネイター相手にそれが必要だとは思わなかっただけだ」
 あのくらいなら、ジャンク屋のナチュラルの方が強いぞ……と付け加えられて、ギルバートは苦笑を浮かべた。
「彼等は常に生死をかけて仕事をしているからね。そう考えれば、コーディネイターだろうとザフトのものでなければナチュラル程度の技量しか持っていない。ギルバートはそう言って苦笑を浮かべた。
「もっとも、反射神経はそれなりだし……事情が事情だったからね」
 国外追放までは言われなかっただけだ、と聞いている。そうも続けた。
「ひょっとして、また、襲われたの?」
 さらりとした口調でキラがカナードに質問の言葉を投げかける。
「……また?」
 あまりにさらりとした内容に、思わず呆然としながらもギルバートはこう呟いた。
「オーブで何回か、変質者に襲われてるって、ギナさまが教えてくださったの」
 それとも、それは嘘なの? と彼女は視線をカナードに戻す。
「一度、あいつとは本気でやり合わないとな」
 その前に、ロンド・ミナの許可を貰わないと……と呟く様子から、おそらくそれは真実なのだろうとわかった。もっとも、その理由は、キラが考えているものとは違うかもしれないが。
 しかし、それを口にして彼女に余計な好奇心を抱かせてはいけない。
「キラ。すまないが、お茶の時に薬も持ってきてくれるように頼んできてくれるかな?」
 彼女に疑問を抱かせず、なおかつ、即座に遠ざけるには自分のケガを理由にするのが一番だろう。そう思って、こう声をかける。
「痛むのですか?」
「ちがうよ。だが、何だかんだといって、昼食を抜いてしまっただろう?」
 だから、ついでに飲んでおこうと思ってね……と付け加えれば、キラはほっとしたような表情を作る。
「わかりました。なら、お水もあった方がいいですよね」
 こう言うと、彼女はそのまま部屋の外へと駆け出していく。
「悪い、助かった……」
 珍しくも、カナードが素直に感謝の言葉を口にする。
「狙われたのは、君ではなくキラなのだね?」
 よく似ているから間違われたのかな? と問いかければ、彼は口元に苦笑を浮かべて見せた。
「喜べ」
 その表情のまま、彼は口を開く。
「この屋敷にいる連中は、全員『白』だ」
 ブルーコスモス関係者はいない。そう彼は続ける。
「ザフト関係は、この前排除したはずだから……残るは評議会関係者と、学校関係者、か」
 できれば、前者であって欲しい。
 そう思ってしまうのは、キラが傷つくとわかっているからだろうか。
「ともかく……不幸中の幸いは、今しばらく、キラ本人が学校にいかなくてもすむとことかな」
 彼女は全てのカリキュラムを終えている。だから、登校する必要がないのだ。
「その間に、全て終わらせられればいいのだが」
 難しいかもしれない。そう言ってギルバートはため息をつく。
「それに関して、だが……」
 ふっと思い出したというようにカナードが口を開いた。
「あの女、何者だ?」
 助言に従って、協力を求めるために声をかけたのだが……と付け加えられて、誰のことを言っているのかがわかった。
「おそらく、このプラントで怒らせてはいけない一番の女性だよ」
 特にキラのことでは。そう付け加えれば、ため息が返ってくる。
「本当に、キラの人脈は侮れないな」
 カナードの言葉に、思わずギルバートも頷いてしまった。







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最遊釈厄伝