「ギルさん、痛くないですか?」
 エレカから降り立った彼に、心配そうにキラが問いかけてくる。
「あぁ。歩くくらいはね、大丈夫だよ」
 無理な体勢を取ったら、まだ多少は痛むだろうが。そう言って微笑み返す。
「プラントの医療技術は現在の所、もっとも進んでいるからね」
 だから、表面上は綺麗にふさがっている。それでも、内部まで完全にふさがっているわけではないから、負荷をかければ痛むのだ。
 だが、それをキラに伝える必要はないだろう。
「でも、無理はしないでくださいね」
 荷物は絶対に持たないでください、と彼女は口にする。それだけではなく、さっさと鞄を抱えてしまった。
「だからといって、君が持つ必要はないだろう?」
 女性に荷物を持たせるのは、男として耐え難いものがあるのだが……とギルバートは思わずため息をつく。
「でも、今のギルさんに持たせるよりいいと思います」
 それで、もし、傷の治りが遅くなったらどうするのか。そう彼女は言い返してくる。
「そうでございますね」
 静かな声で執事が口を挟んできた。
「おかえりなさいませ、旦那様」
 ご無事で何よりです、と付け加える彼の言葉にギルバートは頷いてみせる。
「お嬢様。鞄を預からせて頂いてよろしいでしょうか」
 それを確認してから、彼は視線をキラへと向けた。そして、こう問いかけている。
「代わりに、お嬢様は旦那様が無茶をされないように見張っていて頂けますか?」
 この調子では、大人しくしていてくれないかもしれない。そう彼は続けた。
「君は、私をどう思っているのかな?」
 ため息とともにギルバートが言葉を口にする。しかし、それを彼は綺麗に無視してくれた。
「ギルさんの傍にいればいいんだね」
 キラはキラで『任せておいて』というようにしっかりと頷いている。
 本当に、と思いながら視線を向けていれば、執事が彼の方へと視線を向けてきた。そして、意味ありげな表情を見せる。
 ひょっとして、前半はともかく後半は故意に口にした言葉ではないか。きっと、キラを屋敷の外に出さないようにとしてのことだろう。
「……どうせなら、お茶の用意もしてくれると嬉しいのだがね」
 病院では、おいしいお茶を飲めなかったから……とギルバートは付け加える。
「既に、準備しております」
 ですから、書斎の方へどうぞ……と執事は言い返してきた。
「お嬢様のお好きなケーキも、シェフが大喜びで焼いておりました」
 だから、とギルバートを引っ張っていってくれないか。彼はそうも付け加える。
「……誰の指示かな?」
 ぼそっとギルバートが呟くように問いかけた。
「もうじき、レイ様もお帰りになりますよ」
 だが、その問いかけも綺麗に無視されてしまう。
「まったく……君は誰の執事なのかめ」
 もっとも、自分以外で彼をこのように動かせる人物は一人しかいない。そして、彼がまた、宇宙での任務に戻ったとは聞いていないのだ。
「ラウも、いいように使ってくれるね」
 うちの使用人を、とため息混じりに呟く。
「それでは、お二人とも中へ」
 流石に、いつまでも立っていればギルバートの傷に障る……と執事は口にする。
「そうだね」
 キラは素直に頷く。
「ギルさん、行こう?」
 そのまま、ギルバートの方へと視線を向けるとこう声をかけてきた。
「そうだね」
 だからといって、彼女のお誘いを断る理由にはならない。むしろ、無条件で受け入れてしまう自分にも問題があるような気がする。
 そして、誰もがそれを知っているのだろう。
 本当に、いいように動かされているな……と思いながらも、そっと腕をからめてくるキラに微笑みを向けた。







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最遊釈厄伝