「ひょっとして、あの子自身も知らないことなのかな?」 「あぁ」 その問いかけに、彼は即座に頷いて見せた。 「ここでは、私とカナードだけが知っている。もっとも、クライン議長とザラ閣下、それにエルスマン議員はあの子がその人達の血縁だと気付いておられるだろうが」 彼等はそれ以上のことは聞いてこない。 あるいは、二人がこちらに避難してきた頃に、ウズミ・ナラ・アスハから何かを聞かされているのかもしれない。 「もっとも、彼自身、最近は姿を見せていないそうだが……」 サハクの双子もおかしいと思っているそうだ、と彼は続ける。 しかし、それを確認するための方法がないことも事実なのだ。そう言ってラウは顔をしかめた。 「あるいは……知られてはいけない連中にあの子の秘密が知られてしまったのかもしれないね」 だからこそ、今までとは違って《拉致》ではなく《処分》へと方針を変えたのかもしれない。 「……その秘密、とは?」 それだけ重いものなのか。そう思いながら聞き返す。 「……ユーレン・ヒビキとヴィア・ヒビキ」 ギルバートの言葉には直接答えを返さない。代わりに、彼はこう告げた。 「ヒビキ夫妻が何か?」 遺伝子学を専門にしている人間で、彼等の名前を知らないものはいない。ナチュラルであろうと、彼等のコーディネイト理論を超えるものを見いだせたものはいないのだ。 「そう言えば、彼等もブルーコスモスのテロの被害者だったね」 しかも、メンデルに住んでいた人々を巻き込んでのテロだ。 宇宙に住んでいる人々にとって、空気を汚染するバイオテロやケミカルテロがどれだけ恐ろしいものか、あの時、改めて認識させられたと言っていい。 「……キラは、あのお二人の子供だよ」 ラウがそう告げる。 「キラが!」 あの二人の、とギルバートはオウム返しに聞き返す。 だが、直ぐに納得できた。 「……確かに、ヴィア・ヒビキ博士によく似ているね、あの子は」 あの子は母親にそっくりだと言っていい。 「だからこそ、早々にオーブからこちらに呼び寄せた、という一面もある。もっとも、キラが《母》と信じている女性はヴィアの妹だから、それでごまかそうと思えばごまかせるのだがね」 そして、キラはコーディネイターだから。ラウはそうも続ける。 「そうしなかったのは……狙われているからだけではなかったと?」 「……ユーレン・ヒビキが、一番最後に研究していたものを知っているかね?」 またはぐらかされたような気がするのは錯覚だろうか。 だが、説明のためには必要なのだろう。そう考えながら、頷き返す。 「確か……人工子宮、だったかな?」 それが完成すれば、あるいは今プラント――いや、第二世代以降のコーディネイターと言うべきか――が直面している問題を解消できるのではないか。そう、みなで喜んだことも忘れていない。 あるいは、誰かプラントから研究者を彼のプロジェクトに参加させてもらえないか。それを問いかけようと話し合っていた矢先に、あの事件が起きた。 「そう。既に、八割方完成していたのだよ、その研究は」 内密だが、それによって生まれてきた子供達もいるのだ、とラウは続ける。 「公表しなかったのは……ブルーコスモスを警戒してかね?」 「否定はしないよ。二十人近くが生を受け、現在生き残っているのは四人だけ、だからね」 その多くが自然死ではない。彼はそう言って顔をしかめた。 「……四人……」 だが、ギルバートにはその数字の方が気にかかる。 「まさか……」 そのまま、ラウの顔を見つめた。それに関して、彼は曖昧な笑みだけを返してくる。 「ともかく、だ。人工子宮のサンプルは、アスハが保存している。研究データーはサハクが、だ」 もっとも、と彼は言葉を重ねた。 「それの封印を解くには、どちらもキラの存在が必要だがね」 何よりも、とため息をつく。 「ユーレン・ヒビキの最高傑作、と言う表現がふさわしいのは、あの子だけなのだよ」 それがなくても、あの子はただ一人の女の子だからね……と呟くように口にする。 「だからこそ、私たちはあの子を守ることを優先してきたのだよ」 もっとも、そのことでキラを追いつめたくはない。そして、レイもだ。 「だから……」 「わかっているよ。私にとって大切なのは《キラ》の存在だからね」 もっとも、事情さえ許せば、データーの方は見せて貰いたいが……と付け加えたのは、研究者としてのセリフだ。 「まぁ、それに関してはいずれ、だね」 キラに真実を伝えなくても、それに関しては可能だろう。何よりも、コーディネイターのみらいにとって必要なこともよくわかっている。 「問題は、その前にブルーコスモスをなんとかしなければいけない、ということだね」 さて、いい方法があるだろうか。 退院するまでにそれを見つけ出せればいいのだが……と呟けば、ラウも頷いて見せた。 |