しかし、この状況は予想していなかった。
「ギルさん!」
 悲鳴のようなキラの声が耳に届く。
「だいじょう、ぶ……だよ……」
 そんな彼女を安心させようと、ギルバートは微笑もうとする。しかし、それは脇腹から広がってくる痛みで引きつれてしまった。
「やせ我慢をしないでください!」
 即座にレイが怒鳴りつけてくる。
「今、救急車を呼びましたから」
 ともかく、静かにしていてください……と彼は続けた。
「……止血、しないと」
 ようやくパニックから脱したのか――それとも、あまりに衝撃が大きすぎて一時的に感情が鈍くなっているのかもしれない――キラはこう呟く。
「でも、ナイフは抜いちゃダメなんだよね?」
 そのままか、確認するようにレイへと視線を向けた。
「ラウ兄さんはそう言っていましたよね」
 ということは、どうすればいいのだろうか。レイも困ったように口にする。
「……ともかく……救急車は、呼んだんだよね?」
 キラが確認の言葉を口にした。
「はい。直ぐに来てくれるそうです」
 カナードは犯人を追いかけていったし、とレイは頷いてみせる。
「ラウ兄さんにも、連絡した方がいいのかな?」
 彼であれば、自分たちよりもこういうことになれているだろう。何よりも、状況を説明するときに傍にいてくれれば安心だし……とキラは続けた。
「そうですね。どのみち、連絡をしないわけにはいきません」
 もっとも、別方面から連絡が行っているかもしれないが。そう言いながら、レイは端末をそう差し始める。
「ギルさん」
 その間に、キラはそっとギルバートの額を拭いてくれた。その感触が心地よい。そう考えていれば、耳にサイレンの音が届く。
 これできら達をこれ以上不安にさせなくてすむ。
 そう考えた瞬間、ギルバートは自分の意識が遠くなるのを感じていた。

 次に認識したのは、アイスブルーの瞳だった。
「……どうせなら、キラの顔の方がよかったのだが……」
 目が覚めて真っ先に見るのは、と思わず口にしてしまう。
「そんな減らず口が聞けるようなら、何も心配はいらないな」
 あきれたようにラウが言い返してきた。
「まったく……狙われているのであれば、SPを帰すのではないよ」
 さらに彼はこう付け加える。
「そのことだが……」
 いつものような声は出せない。だが、話をするには支障がないのは、きっと、まだ麻酔が効いているからだろう。
「狙われたのは、私ではない……と言ったら、どうするのかね?」
 もっとも、カナード達にはそう見えたのかもしれない。だとするなら、自分の努力はとりあえず功を奏したということになるのではないか。
「お前ではない?」
 この言葉は想像していなかったのだろう。ラウは眉根を寄せる。
「とっさに体の位置を変えたからね……本人も気付いていないと思うのだが……」
 おそらく、レイもカナードも、あの子にその光景を見せまいとしてやったのではないか。そう思ってくれているはずだ。
 そこまで口にしなくてもラウにはギルバートが何を言いたがっているのかわかったらしい。
「……キラが狙われた、といいたいのかね?」
 それでも信じられないというように彼は口にする。
「おそらく、ね」
 犯人を見つければわかるのだろう。しかし、それは難しいのではないか。
「……丁度いい。あの子が本当は何者なのか、教えてくれるかな?」
 今までは聞かない方がいいと思っていた。しかし、今回のようなことがこれからも起こりえるというのであれば、知らないですませることは出来ないのではないか。
「……そう、だね」
 話した方がいいのかもしれない、とラウは呟く。
「ただ、私の一存では決められないのでね。もう少し待ってくれるかな?」
 そう続ける。それにギルバートは頷いて見せた。







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最遊釈厄伝