困ったような表情を浮かべたまま、キラが真っ直ぐに駆け寄ってくる。
「どうかしたのかな?」
 キラ、とラウが呼びかけた。しかし、それを無視して彼女はギルバートの傍で立ち止まる。
 その瞬間、ラウが悔しそうな表情を作ったことを見逃すはずがない。
 しかし、それを指摘して溜飲を下げるよりも、今は重要なことがある。
「何があったのか、教えてくれるかい?」
 自分の所に来るのだから、困ったことなのだろう? と少し身をかがめて目線をあわせながら問いかけた。
「何かあったわけじゃないんですけど……」
 ちょっとお願いしたいことがあって、とキラは言葉を返してくる。
「それは、私ではダメなのかな?」
 お願い、という一言に反応をしたのだろう。ラウが口を挟んできた。
「だって、兄さんはその時、お家にいるかどうか、わからないでしょ?」
 ギルバートならいてくれる可能性が高いから、とキラは言い返している。
「それに……兄さんだとなんか不安だもの」
 それがラウにとってどれだけの威力を持っているセリフなのか。きっと本人は気付いていないだろう。
「……キラ……」
 ショックを隠せないという表情でラウが呟いている。
「どうかしたの?」
 兄さん、とキラは首をかしげて見せた。その様子はかわいらしいが、はたしてラウの目に入っているだろうか。
 しかし、キラはそうではない。
「……ギルさん……」
 ラウはどうしたのだろうか、と不安そうに問いかけてくる。
「あぁ、何でもない。気にしなくていいよ」
 彼の名誉のためにも、それ以上追及するのはやめておきなさい……と付け加えた。
「ギルさんがそう言うならそうします」
 それに、キラは素直に頷いてみせる。
「いいこだね、キラは」
 言葉とともに彼女の髪をそうっと撫でた。
「それで、私にお願いとは何なのかな?」
 教えてくれるかい? とまた問いかける。
「今度の卒業パーティで、エスコートしてください」
 そうすれば、キラは少しはにかみながらこう言ってきた。
「でないと、アスラン達がうるさいんです」
 クラスメートの誰を選んでも他の人たちに文句を言われそうだ。しかし、ギルバートならその心配はないと思う。キラはそう説明をしてくる。
「なるほどね。喜んでエスコートさせてもらうよ」
 たとえ理由が何だとしても、そのような場でキラがパートナーとして自分を選んでくれるなら構わない。
 それはきっと、今までの経験から『ギルバートなら大丈夫だ』とキラが無意識に認識していると言う証拠でもある。まずは第一歩を踏み出したと言っていいのではないか。
「……レイではダメなのかな?」
 そんなことを考えていると、ラウがキラにこう問いかけているのが認識できる。
「だって、レイは下級生だから」
 パーティの裏方をしなければいけない。特に、レイはニコルと一緒に伴奏を任されているから、自分のエスコートをさせるな……と言われたのだ。そうキラは言い返している。
「……困ったものだね……」
 伴奏を任されたのは誇らしいが、そのせいでキラのパートナーになれないのは問題ではないか。
「だかといって、別にギルでなくても……」
 ぶつぶつと彼はさらに言葉を重ねている。
「そう言えば、卒業後の進路は決めたのかい?」
 それを無視してこう問いかけた。
「とりあえず、カレッジに進学したいな、とは思っていますけど……」
 でも、いいのだろうか……とキラは首をかしげてみせる。
「いいに決まっているよ。でも、キラが仕事に就きたいというのであれば止めないけどね」
 でも、キラは勉強したいのだろう? と付け加えた。それにキラは小さく頷いてみせる。
「なら、そうしなさい。勉強は出来るときにした方がいいからね」
 そう言いながら、彼女の髪を撫でた。
「構わないだろう?」
 そのまま、まだ何か呟いているラウへと視線を向ける。
「もちろんだよ」
 即座にこう言い返すあたり流石だと言うべきだろうか。
「近いうちにカナードも来るからね。そのあたりのことも話をしなさい」
 しかし、この言葉の後にキラが見せた表情は少し気に入らない。おそらく、それがラウの仕返しだったのだろう。
 何やら、前途多難かもしれない。
 だが、頑張らなくては……とそう心の中で呟いていた。







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最遊釈厄伝