ラクスの歌はいつ聞いても本当に素晴らしい。
 だからといって、聞き惚れてばかりはいられないのが残念だ。そう思いながらギルバートはさりげなく客席へと視線を向ける。
 誰もが自分と同じようにラクスの歌に酔いしれていた。
 だが、その中に違和感を覚える者達が含まれている。
「無粋な」
 ラクスの歌を楽しめばよいものを、と口の中だけで呟く。
「だからといって、見過ごすわけにはいかないね」
 さて、どうしたものか……と首をひねる。まだ事を起こしたわけではないから排除するわけにもいかない。
「ラクス嬢はどうなさるおつもりかな」
 一番の問題はコンサートの流れをぶち壊すことだ。
 これがことが起きた後なら何をしても怒るものはいないだろう。しかし、と悩む。
 それに、ラクスの邪魔をするとどのような報復が返ってくるかわからない。
「キラとのことを邪魔されては困るからね」
 そう呟いたときだ。
「次の曲に行く前に、少しお時間をいただいてよろしいでしょうか」
 ラクスがマイクに向かってこう告げる。予定にはなかったその言動に、スタッフ達が一瞬ぎょっとしたような表情を作った。
 だが、そこはプロ、だ。
 直ぐに平静を取り戻す。
 あるいは、事前に今回のコンサートでは何が起きても焦らないように、という指示がでていたのかもしれないが。
「ここに、わたくしのお友達が来ています。よろしければ、その方々にステージに上がって頂こうと思うのですが、ダメでしょうか」
 彼女の言葉に『ダメ』といえる人間がどれだけいるだろうか。
 しかし、アスラン達はともかく、キラとレイが素直にステージに上がるとは思えない。だが、ラクスもそれはわかっているはずだ。
 では、いったいどうするつもりなのだろう。
 そう思いながら、客席の方へと視線を向ける。
「おやおや。あの方の方が一枚上手のようだったね」
 いったい、いつの間に呼び出したのだろうか。そこにはルナマリアとメイリンの姿があった。
 彼女たちがステージに上がるのであれば、キラも『いやだ』とは言えないだろう。
 それに、と心の中で付け加える。
 ステージの上に上がれば、後はこちらのスタッフやラクスのSP達が彼女たちをフォローすることになる。自分も、直ぐに駆けつけることが出来るはずだ。
 逆に、ラウがフリーになる。
 戦力的に考えれば、自分よりも彼が自由に動ける方がいい。もちろん、こちらに十分な戦力があると仮定してのことだが。
「ラクスさまのSPなら実力的にも誰も文句は言えないだろうからね」
 だからこそ、ラクスもこんな手段に出たのだろう。
 そんなことを考えているうちに、キラはルナマリアやアスラン達に引っ張られるようにステージの上へと移動していた。なれない仕草で周囲を見回している様子が可愛い。
 同時に、これだけの人の目のあるところならば、個人的に危害を加えられる可能性は低くなったのではないか。
「あちらがどう出るか、だな」
 強硬手段に出るのか。それとも諦めるのか。
 できれば、後者を選択して欲しい。しかし、無理だろうな……と心の中で呟きながら視線を向ける。
「本当に」
 わかりやすいと言うべきか。何やら隣にいる者達と話をしている姿が見えた。
 しかし、気にかかったのは、その後でどこかに連絡をしているらしい様子が確認できたことかもしれない。
 だが、あちらから自分についてきた者達は、全員、ここにいる。
 ということは、やはり近くに他の協力者がいると言うことか。
「徹底的に調べたと言ってもデーターだけのことだろうからね」
 ある意味、その方が管理しやすいのだが、そもそものデーターが改ざんされていては意味がない。そして、ブルーコスモスであれば、改ざんぐらいたやすいということだろう。
「オーブの首長家が絡んでいればなおさらか」
 だが、ここでユウナを押さえることができれば、多少は大人しくさせることが可能なのではないか。
 そんなことを考えつつ、ギルバートはポケットから端末を取り出す。そして、あらかじめ登録しておいた文面をラウのそれへと送信した。
「さて……ラクスさまは本当に何をなさるおつもりかな?」
 端末をしまいつつ、視線をステージへと戻す。
「これは予想外のコラボだね」
 そこでは、ニコルがピアノの前に座っていた。どうやら、彼の演奏でラクスが歌うつもりらしい。
 その事実に、キラが嬉しそうに目を輝かせているのが見えた。







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