まずは、キラを安心させることを優先した方がいいのではないか。
 そう思ったときだ。
「では、堂々と移動をさせて頂きましょうか」
 ラクスが静かな口調でそう言ってくる。その声音があまりに静かすぎて逆に怖い。
「そうですね」
 今なら、何をしても咎められないような気がする。頷いているレイの声音には完全に怒りがあふれていた。
「それがいいでしょう」
 ユウナの姿をこれ以上目にしていたくない。その呟きは本当に小さなものだった。しかし、それだからこそ本心なのだろうとわかる。しかし、この場でそのセリフは……と思わなくもない。
「別に、ラクスさま方はお残りになって頂いて構わないのですよ?」
 苦笑と共にこう言ったのは、少しでもそれから話題をそらそうと思ったからだ。
「どうやら、キラは熱が出てきたようですしね」
 腕の中の体は普段よりも体温が高い。
 だから、彼女たちがいなくても退席をする理由にはなる。
「なら、余計にお付き合いさせて頂きますわ」
 そうすれば、自分も怒りを感じているのだと周囲に認識させられるだろう。
「あちらの方々の行動に制限を付けられるかもしれませんわ」
 もっとも、今の言動だけで十分とも言えるが。そうも付け加える。
「そうですね」
 少なくとも、ユウナ単独での外出は認められないだろう。それでも、他の連中が何をしでかしてくれるか。それはわからないのだ。
「それに……わたくしが傍にいる方がキラにとってもよいのではありませんか?」
 服を脱がせたりしなければいけない時に、と彼女は付け加える。
「そうですね」
 確かに、自分が脱がせるわけにはいかないか。そう考えてギルバートは頷き返す。
「では、行きましょう」
 しかし、気がつけば彼女に主導権を握られている。本当に侮れない女性だ、と内心苦笑を浮かべた。
 だが、ここでそれをどうこう言っている時間はない。
「そうですね」
 キラの体調の方が優先だ。
 ここで本格的に寝込むようなことになってはかわいそうと言うだけではない。最悪、それを口実に連中に押しかけかねられないのだ。
「……ギル、さん?」
 不安そうな声音でキラが問いかけてくる。おそらく、自分たちが席を外していいものか。そう言いたいのだろう。
「大丈夫だよ、キラ」
 何も心配はいらない。そう囁きながら、彼女の背中をそっと叩いてやる。
「私も同行しよう」
 そう言いながら歩み寄ってきたのはタッドだ。
「これでも医師だからね」
 最高評議会議員になってからはなかなか直接診察をする機会には恵まれない。それでも、他の医師が来るまで手当をしていることは出来るだろう。
「それなら、私でも可能ですが」
 自分も一応医学は修めている。だから、とギルバートは言い返す。
「だが、君では後々困ることもあると思うよ。私なら、キラ嬢の父親と言っていい年齢だからね」
 そう言われて、とりあえず納得をする。
 確かに、異性に肌を見られるなら年配の人間の方がいいのだろう。何よりも、彼とキラは普段顔を合わせる関係ではないのだ。
「わかりました」
 お願いします。そう付け加えるとタッドは頷いてみせる。
 それを合図に彼等は移動を開始した。

 この騒動があったにか関わらず、式典は表面上、平穏に終了した。もっとも、ラクスとニコルの演奏は他の人間のそれに差し替えられたが。
「……本当に困ったものだね」
 小さな声でシーゲルがこう呟く。
「とりあえず、サハクとマルキオ師には今回のことを伝えておきましょう」
 そう言ってきたのはアイリーンだ。
「本当は、ウズミ・ナラ・アスハに連絡が取れればいいのでしょうが……」
 何故か、彼が捕まらない。だからこそ厄介なのだ。そう彼女は付け加える。
「あなたの方から連絡は取れないの?」
 不意に、ギルバートに話題が振られた。
「残念ながら……ラウ・ル・クルーゼであれば、別ルートで連絡がつけられるかもしれませんが」
 この言葉に、パトリックが難しい表情を作る。
「それでなくても、あの子達の身近で保護をするものが必要だろう」
 彼がいなくなることで戦力がダウンする可能性は否定できないが、それ以上に、自分たちが預かっている子供を理不尽な理由で傷つけられるのを見過ごすわけにはいかない。
 その一言で、急遽、ラウが呼び戻されることになったのは事実だった。







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最遊釈厄伝