執務室に着いた瞬間、ギルバートは自分の席に座り込んでしまった。 「予想していたのと、実際に立ち会うのでは、雲泥の差だね」 ここに来るまでに、今日一日分の気力を使い果たしてしまったような気がする。 「みなさん、キラを心配してくれるのはいいが……」 問題は、その心配の方向が自分たちの望まない方向へ向かっていることだ。いや、彼等の子弟の売り込みに使われているという方が正しいかもしれない。 「ラクス嬢と仲がいいのも、良し悪し、だな」 彼女と親しいと言うだけで、キラと知己になりたいと思っているバカもいるのだ。 もっとも、そんな人間は早々に排除させて貰っている。 それよりも厄介なのは、キラ自身の魅力に引かれてくる者達だろう。 彼等の場合、追い払っても追い払ってもまたよってくる。それこそ、ラクスの嫌がらせも効かないのだ。 「……アスラン・ザラを筆頭に、姦しいことだ」 もっとも、彼等がにらみ合ってくれているから均衡が保たれているのかもしれないが。 「ともかく、レイには絶対にキラから離れないようにといっておかないとね」 心配はいらないだろうが、万が一ということも否定できない。 「それとラクス嬢か」 二人のうち、どちらかがキラの側にいてくれれば安心できる。 しかし、とギルバートはため息をついた。 「難しいだろうね、それは」 ラクスは歓迎のために歌を歌わなければいけない。どうしても、その間はキラと別行動になる。 「不本意だが、あのオコサマ達を使うしかないか」 側に置いておけば、迂闊な人間は近づけない。 そして、キラ本人への接触はレイが適当に邪魔をしてくれるだろう。 「悪い人間ではないのだがね、彼等も」 あれほどキラに執着をしなければ、とため息混じりにはき出す。 「もっとも、今最優先に考えなければいけないのは、キラの安全か」 こうなったら使えるものは全て使わせて貰おう。第一、一度や二度、近づけたからと言ってキラが受け入れるとは限らないではないか。 その程度でキラの歓心を買えるのであれば、アスランとニコルは既に知人というポジションからランクアップしているはずだ。 それに、と唇の端を持ち上げる。 「お互いに足を引っ張り合ってくれるだろうしね」 抜け駆けをしようとすれば、と心の中だけで呟く。 「妥協するか」 不本意だが、と付け加えられた言葉は、本人以外の誰の耳にも届かなかった。 何故かは知らない。 だが、何故かその日、ギルバートに回ってくる仕事はとても少なかった。 「いったい、どなたの思惑だろうね」 最後の書類を処理し終えたところで、こう呟く。 「本当、ここから出るのは怖いよ」 きっと、部屋の外でまた、大勢の者達が待ちかまえているのではないか。しかも、全員、目的は一緒だ。 「そんなことに付き合っている時間があるなら、キラとレイの礼服を準備する方に時間を使いたいね」 どうせなら、あの子達がこちらで十分幸せに暮らしていると見せつけたいではないか。 高価な衣服だけでその証明になるとはもちろん考えてはいない。 だが、少なくともあの子達を引き取っている人間が、裕福な存在だ、と知らしめる役目は出来る。それを理由に、あの二人を連れ戻すことは不可能に近くなるはずだ。 「ともかく……ここにこもっていてもしかたがないね」 まだまだ根回しをしなければいけないこともある。 だから、と意を決して立ち上がった。そしてドアの方へと歩み寄っていった。 彼が自分の行動を後悔するのは、それから直ぐ後のことだった。 |