「ギルさん!」 自分の姿を見掛けた瞬間、キラはほっとしたような表情を見せる。そのまま、真っ直ぐに駆け寄ってきた。 「すまなかったね、キラ」 その事実に優越感を覚える。実際、周囲から羨望の眼差しが向けられているのだ。 「いいえ。このくらいなら、どうって事ないです」 そう言いながら、キラは手にしていた書類ケースをギルバートに向かって差し出してきた。 「でも、ギルさんが忘れ物するなんて、珍しいですね」 「まぁ、私も人間だしね」 ここしばらく忙しかったから、流石に注意力が散漫になっていたのかもしれない。そうも続ける。 「でも、僕がいる時間でよかったです」 出かけていたら、届けられなかった……と彼女は笑いながら告げた。もし、キラがいなくても誰かに届けさせればよいだけの話だ。しかし、彼女は未だに使用人にあれこれ頼むということになれていないらしい。 こちらに来てから、もう、四年近くになるのに、だ。 それも、キラの性格のせいなのだろう。 「そうだね」 そう言うところが可愛いのだから、変わって欲しくはない。いつまでも、このままでいて欲しいと思うのはワガママなのだろうか。 だが、これに関してはラウも同意見だから構わないだろう。心の中でそう呟いた。 「それよりも、お茶に付き合ってくれるかな?」 とりあえず、このまま帰すのはちょっともったいないような気がする。 だから、とこう問いかけてみた。 「でも、ギルさん……お仕事は?」 「構わないよ。気分転換も大切だろう?」 ずっと時間を潰すわけではないからね、と付け加えれば、キラは考え込むように首をかしげた。 「……ギルさんの御邪魔にならないなら」 お付き合いします、と彼女は口にしてくれる。 「ありがとう」 一人では休憩も味気ないからね……と微笑みながら口にした。だから、付き合ってくれて嬉しいとも付け加える。 「……その位しか、出来ませんけど」 キラは小さな声で言葉を綴った。 「それで十分だよ。今は、ね」 これからたくさんのことを覚えて、出来ることを増やしていけばいい。そう言ってギルバートは笑みを深めた。 「こちらに来てから、出来るようになったことも増えただろう?」 だから、大丈夫だよ……と続ける。 「だと嬉しいです」 出来ることがたくさん増えたら、きっと、みんなの役に立てるから。早くそうなりたい、とキラは口にする。 「ラクスは、既にお歌でみんなの役に立っているし……ニコル君も、ピアノを頑張っているって聞いたから」 レイも、ニコルに負けないくらいピアノが上手だし、アスランは学校でトップクラスの成績だ。そう考えれば、自分は何も出来ないような気がする。そうも彼女は付け加えた。 「何を言っているのかな?」 キラの肩に手を置きながら、ギルバートは言葉を綴り出す。 「君の才能は、開花するまでに時間がかかるだけだよ」 だから、焦ってはいけない。 「第一、私たちにとって見れば、君がいてくれることでずいぶん助かっていることも多い」 ラウもレイも同じ意見だと思うよ? とそっと告げた。 「だから、決して卑下してはいけない」 それでは、キラの長所を潰してしまうことにもなるから。 「……ギルさん」 「大丈夫。他の誰が否定しても、私たちだけはキラのことを信じているよ」 何も心配しなくていい。そう続ければ、キラは小さく頷いてみせる。 「いいこだね」 大好きだよ、と付け加えた。それにキラは嬉しそうに微笑んでみせる。 「それでは、お茶を飲みに行こうか」 ここの喫茶室はケーキもお勧めだよ。そう付け加えれば彼女は瞳を輝かせた。 こんな風に、少しずつ自分の存在を彼女の中でふくらませて行こう。そして、いずれ、その心の中で一番大きな地位を占めればいい。 そう考えて、地道な努力を重ねているのに、どうして邪魔が入るのか。それを問いかけても答えてくれるものはいないだろう、と言うことはギルバートにもわかっていた。 |