「ラウ兄さん!」
 言葉とともにキラが駆け出していく。
「お帰りなさい!」
 飛びつくように抱きついた体を、ラウは軽々と抱き留めた。
「ただいま、キラ」
 そして、信じられないような満面の笑顔と共にその柔らかな頬にキスを贈っている。
 軍人とその家族の、よくある再会の光景……といえるのかもしれない。しかし、それならば、どうしてレイは同じような行動を取らないのだろうか。
 男女の差や性格の違いと言ったものではないように思える。
 あるいは、とギルバートは心の中で呟く。
 自分に見せつけようとしているのではないか。
 その可能性は十分にあり得る。きっと、レイから自分の態度やあのオコサマ達の話を聞いて、彼なりに状況を推測したのだろう。
「まったく……困ったものだね」
 小さな声で、ギルバートはこう呟く。
「ギルバートさん?」
 どうかしたのですか、とレイが問いかけてくる。どうやら、今の呟きを聞かれてしまったらしい。
「君のことを忘れているように思えてね」
 ラウが、と微苦笑と共に付け加える。もちろん、その呟きの意味は別だ。だが、レイはそれで納得してくれたらしい。
「……しかたがないです」
 昔からそうだったから、と彼は素直に教えてくれる。
「おーぶにいたころから、ねえさんをいちばんあまやかしてきたのがにいさんです」
 それでよく、父さん達に怒られていた。そうも彼は続けた。
「おやおや」
 どうやら、彼も本気で同じ穴の狢らしい。ただ、あのオコサマ達と違って好きだからいじめるのではなく可愛がることを選択していたと言うことか。
 しかも、だ。
 幼い頃から一緒にいたから、キラの信頼も厚い。
 そう考えれば、やはり一番厄介な障害は彼だ、と言うことになる。
「しかし、そろそろ私たちの存在を思い出してくれても良さそうなものだけどね」
 でなければ、いつまで経っても椅子に座れないのではないか。それに、ゆっくりと話しもできないだろう。そう続ける。
「せっかく、キラがクッキーを焼いたのにね」
 自分たちですら味見をさせて貰っていないのに、とさりげなく付け加えた。
「そうでした!」
 即座にレイがこういう。
「おれもあじみさせてもらってないです!」
 是非とも味見をしないと! とレイは半ば叫ぶように口にする。
「そうだよね」
 しかも、このままでは、ラウが独り占めしかねない。ギルバートはさらにこんなセリフも口にする。
「……それはいやです」
 言葉とともにレイはラウの方へ駆け出していく。
「これで大丈夫かな?」
 ラウはともかく、キラはレイの言葉を無視できないだろう。だから、全員でリビングに移動できるのではないか。
「……さて……お茶の準備をさせようかな」
 いっそのこと、彼のお茶にだけ塩でも入れさせてやろうか。そんなことも考えてしまう。しかし、それではキラに嫌われてしまうかもしれない。だから、実行に移すことは出来ない、と言うこともわかっていた。
 でも、想像するだけならば構わないだろう。
 心の中でそう呟きながら、ギルバートはきびすを返す。
「僕、お茶を頼んできますね」
 そんな彼の背中に、キラのこんな声が届いた。
「おれもてつだいます」
 レイもこう言って彼女を追いかけていく。
 本当に二人の言動はかわいらしい。そう認識した瞬間、唇に柔らかな笑みが浮かぶ。
「……よくも邪魔してくれたね」
 そんな彼の耳に、ラウの低い声が届いた。
「何のことかな?」
 即座にこう言い返す。
「おやおや。君らしくもない」
 そう言ってラウは小さな笑いを漏らした。
「もっとも、君にあの子はあげないけどね」
 わからないならわからないで構わないが。そう告げる彼の瞳は、微塵も笑っていない。
 まさしく、これは宣戦布告なのだろう。ならば、受けて立つのが男として当然ではないか。何よりも、自分もあの少女を欲しているのだから。
「それを決めるのは彼女ではないかな?」
 だから、微笑みと共にこう言い返した。







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