最近、幼年学校でキラを取り巻く環境が変わったらしい。
 いや、キラだけではなくレイも、と言うべきか。
「……何か、みんな優しいの」
 それが不気味だと思っているのか。キラは不安そうな表情を隠さないまま、こう告げる。
「理由がわからないから、かな?」
 おそらくそうなのだろう。そう思いながらギルバートは問いかけた。そうすれば、キラは小さく頷いてみせる。
「なるほど、ね」
「アスランとラクスはいいの。最初から優しかったから」
 でも、他のみんなは違ったから……とキラは付け加えた。
「僕だけなら我慢できたけど、レイまでいじめてたの」
 もっとも、それはすぐにラクス達が止めてくれたけど……と告げられた瞬間、ギルバートの眉間には深いしわが刻まれる。
 確かに、キラが《第一世代》だと言うことで疎んじられていたことは知っていた。それが彼女の才能のせいだろう、と言うこともだ。
 しかし、そこまでいじめられていたとは気付かなかった。そんな自分の迂闊さに腹は立つ。
 同時に、既に《キラ》に目をつけていたらしいアスラン・ザラとラクス・クラインの慧眼に少しだけ畏怖を感じる。特に、ラクスのほうにだ。アスランはおそらく、キラの可愛らしさに興味を持ったのだろう。それから、内面にひかれたのではないか。だが、ラクスは違うはずだ。最初からキラの内面にひかれたのではないか、とそう思う。
 そして、彼等の興味をひいてしまったから、キラはいじめられていた。
 一般人が、プラントでも最高の血筋の者達に好かれる、と言うことが許せなかったのだろう。くだらない嫉妬だ。
「……ギル、さん……」
 その親切を受け入れていいのかな? と口にしながらキラはギルバートの顔を見上げてくる。
「君はどうしたいのかな?」
 おそらく、彼等――いや、その親と言うべきか――はキラの後見が自分とラウだとわかったから掌を返したのだろう。
 自慢ではないが、自分は時代の最高評議会議員に選ばれると言われている人間だ。そして、ラウはザフトでも一二を争うほど優れた隊長である。そんな自分たちと繋がりを持っていて損はない。そう考えている人間にろくな存在がいるはずもない。
 しかし、とギルバートは心の中で呟く。
 キラがそんな彼等でも『仲良くしたい』というのであれば、認めてやるのが大人というものだろう。
「……仲良く、しなくてもいい、の?」
 おそるおそると言った口調で彼女は問いかけてくる。
「ギルさん、困らない?」
 どうやら、キラにとってはギルバートにに不利益が生じることの方が自分の気持ち悪さよりも重要らしい。
「困らないよ。そもそも、その程度で足を引っ張られるような仕事はしていないからね」
 もちろん、ラウもだ……と微笑んでみせる。
 そうすれば、キラもほっとしたような微笑みを浮かべた。
「本当はね……いやだったの」
 そういう人たちと仲良くするのは、とキラはそのまま言葉を口にする。
「でも、そのせいでギルさんが困るのは、もっといやだったの」
 こう言ってくる少女がとても愛おしい。
「君はもう少し甘えてくれてもいいのだよ?」
 自分たちのことを気にしなくてもいいから、と付け加えながらそっとその髪を撫でてやる。
「その程度のことで、どうこうなるような実績は積んでいないからね」
 小さな笑いと共にそう付け加えた。
「だから、安心しなさい」
 こう告げれば、キラは小さく頷いてくれる。それだけではなく、そのままギルバートの胸に頬をすり寄せてくる。
「ギルさん、大好き」
 そして、こう口にしてくれた。
 その瞬間、ギルバートの体を歓喜が包む。
 もちろん、今のセリフは子供が肉親に告げる程度の意味だろうとはわかっている。それでも『嫌い』と言われるよりはよほどましではないか。
 それに、と小さな笑みを浮かべながらそっと彼女の背中を抱きしめる腕に力をこめる。
 これからゆっくりと彼女の好意の意味を変えていけばいい。
 そして、自分だけを見つめて欲しい。
 そのためには、今まで以上にキラの周囲に目を配っていかなければいけないな、と心の中で呟いた。
 その時だ。
「……ギルさん?」
 入り口の方から小さな声が響いてくる。視線を向ければ、レイが目をこすりながらこちらを見つめているのがわかった。
「こらこら。そんなにこすったら赤くなってしまうよ?」
 おいで、と彼に向かって手を差し伸べる。そうすれば、真っ直ぐに彼も駆け寄ってくる。
「レイも甘えん坊さんだね」
 ひょいと抱き上げると、そのままキラの隣に座らせた。
「……姉さんの独り占めはずるいです」
 しかし、こう言い返されてしまう。ひょっとして、これは宣戦布告なのだろうか。
「いつもは君が独り占めしているだろう? だから、たまには私に貸してくれてもいいのではないかな?」
 それとも、と思いながらこう言い返す。
 とりあえずは、今の距離を壊すわけにはいかないのだ。そのためにも、あれこれ努力をする必要があるだろうな……とギルバートはこっそりと心の中で呟いていた。






BACKNEXT

 

最遊釈厄伝