ギルバートが子供を引き取った、と伝わったときから、その存在に興味を示しているものは多数いた。
 しかも、その子供達はあのラウの親族なのだ。
 第一世代であろうとも、決して侮れない実力を持っているに決まっている。
 だから、今から面識を持っておきたい。
 そう考えているものも少なくなかった。
 しかし、ギルバートもラウも、二人を政治的に利用させたくはない。何よりも、この二人はあくまでも預かりもので、いずれはオーブにいる彼等の両親に返さなければいけないのだ。
 何よりも、彼等には普通の子供として成長して欲しい。
 だから、あえて、彼等には《デュランダル》も《クルーゼ》も名乗らせていなかった。
 もちろん、幼年学校の教師達には伝えてある。しかし、彼等にはしっかりと釘を刺してあるから、その点に関しては大丈夫だった。
 第一世代という事で、多少のやっかみは受けている。しかし、それに関しても、ギルバート達がフォローできる範囲だから、心配はいらないだろう。このまま、ただの優秀な子供として日常をおくらせることが可能なのではないか。
 そう考えていたある日のことだった。 
「あの方々まで二人に興味を持っていらっしゃったとは……」
 ギルバートだけではなく、キラとレイに対しても招待状が送られてきたのは。
 これが、普通の相手であれば無視をしても構わないだろう。文句を言われたとしても、自分たちの名前で黙らせることが出来る。それだけの影響力を、自分もラウも手にしているという自負があった。
 しかし、今回の相手は違う。
 最高評議会議員連名では、無視することも出来ない。
「どうしたものかね」
 二人の本来の保護者であるラウに向かって、こう問いかける。
『無視出来ないだけに厄介だね』
 モニターの向こうでラウもまたため息をついていた。
『しかも、私がその場に立ち会えないとわかっているのに、だ』
 おそらく、それが狙いなのだろうが……と彼は続ける。
「そうだろうね」
 自分たちが二人揃っていれば、完全にあの二人を完全にフォローしきれるだろう。しかし、ギルバート一人では難しいのではないか。特に、彼等がオーブでどのような暮らしをしていたか、といったことは、だ。
『いざとなったら、レイは体調が優れないという理由で、キラだけを連れて行くんだね』
 あの子は、自分の義務と立場をよくわかっているから。ラウは小さなため息とともに付け加える。
『本当は、そんなことは関係なくすごさせてやりたいのだが……この場合、しかたがない』
 レイがもう少し年長であれば、何の心配もしないのだが。そうも彼は続けた。
「キラ一人であれば、私だけでも何とかなりそうだね」
 レイにはきちんと話をして納得してもらわなければいけないが。あの子も聡い子だから大丈夫だろう、と心の中で呟く。
『そうだね。それがいいだろう』
 自分からもメールを送っておくよ。そういうラウに、ギルバートは頷いて見せた。

 そして、当日。
 レイは体調が思わしくないと言うことで、欠席。キラのみ同行する、と言う言葉を招待者側は受け入れてくれた。これには、レイの年齢も関係していると思われる。
「……ギルさん……」
 入り口に付いたところで、キラがギルバートの服の裾を握りしめてきた。
「大丈夫だよ。挨拶をしたらすぐに帰るからね」
 はたして、それが許されるかわからない。だが、それでもあまり遅い時間までこの年齢の子供を付き合わせるのは無理だ、と言えば納得してもらえるのではないか。最高評議会議員の中には、キラと同年代のこどもを持っているものもいるのだ。
「はい」
 彼の言葉に、キラは小さく頷いてみせる。
「心配はいらない。私が一緒だろう?」
 言葉とともにギルバートはそっとキラの指を服の裾から外させる。代わりにその小さな手をそっと自分のそれで握り締めた。
「では、行きましょうか? お姫様?」
 少しおどけたような口調でこう告げれば、キラが小さく首を縦に振る。
 その瞬間、髪を飾っているリボンがふわりと揺れた。それが可愛いと思う。
 いや、それだけではない。
 今日のキラの衣装もかわいらしいものだ。ピンタックとフリル、それにレースで飾られたそれは、決して装飾過剰ではない。その一つ一つが絶妙なボリュームとバランスで存在している。戦艦からそれを用意して見せたラウには、舌を巻いてしまう。同時に、その衣装を見事に着こなしているキラにも、だ。
「はい、ギルさん」
 さらにキラが笑みを深めた。
 本当に、キラが後五年、年長であれば……と心の中で呟いてしまった。しかし、それに気付いた瞬間、ギルバートはぎくりとする。
 キラが後五歳年長だったとすれば、自分はどうしていたというのか。
「ギルさん? どうか、したのですか?」
 急に黙り込んでしまった彼を心配したのか。キラがこう問いかけてくる。
「何でもないよ。ただ、リボンが曲がっているように思えたのだがね」
 気のせいだった、と慌てて言葉を返す。もちろん、内心では自分の言動に焦りを隠せずにいたが。
「では、今度こそ行こうね」
 そのまま微笑み返せば、とりあえず納得してくれたらしい。今度は微笑んでくれた。
 その微笑みを独り占めしたくなったのはどうしてなのか。
 ともかく、後でゆっくりと考えよう。ギルバートは心のんかで自分にそう言い聞かせていた。

 どうやら、最高評議会議員達の思惑は、キラと自分の子供達を会わせることだったらしい。特に、男の子を持っている人間の方が必死に見えたのは、きっと、現在の人口比率が関係しているのだろう。
 しかし、とギルバートは心の中で呟く。
 あの子達にキラを渡したくはない。
 彼等は、自分たちの言動がキラを傷つけているとは思ってもいないだろう。キラは好きでオーブを離れたわけではない。そして、彼女のご両親も、だ。
 その事実も知らずに好きなってな事を言っている子供達など、キラにはふさわしくない。あの子達にキラを渡すくらいなら、自分の腕の中に閉じ込めてしまおうか。
 この考えを自覚した瞬間、ギルバートは己自身に恐れおののく。だが、自分の感情を消すことが出来ないと言うことも自覚していた。
「……ラウに殺されるかもしれないね」
 だが、それでキラが手にはいるのならばそれは構わない。開き直って、こう付け加えた。

 この時から、ギルバートの無駄に優秀な頭脳はただ一つの目的のために動き出したのだった。





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最遊釈厄伝