引き取った子供達は、本当に手がかからない子供だった。 年長のキラはもちろん、レイですら自分で使ったものをきちんと片づけると言った基本的なしつけが身に付いている。 キラにいたっては、この年齢にもかかわらず、家事をこなせるらしい。もちろん、デュランダル邸でそのようなことをさせるつもりはないが。 自分が預かった以上、彼女たちにはきちんとした教育を与える。家事や何かは使用人に任せておけばいい、とそう考えていた。 だが、キラは、それでは心苦しいと考えているらしい。 妥協案として、自分が自宅にいるときにはお茶を淹れてくれるように頼んだのはギルバートだ。 今日も、いつものようにお茶を持ってきてくれた彼女に礼を言う。それだけでは不十分のような気もした。 「君達を育ててくれた方は、しっかりとした人たちなのだね」 だから、何気なくこう付け加えれば、キラが嬉しそうに微笑んでみせる。 「パパもママも、凄い人なんです」 コーディネイターにも負けないくらい優秀なのだ、と彼女は続けた。 「……でも、ここの人たちは、そう考えてくれないんですね……」 しかし、すぐに表情を曇らせると、キラはどこか哀しげにこう付け加える。 「学校で、何か言われたのかね?」 先日から、キラ達は幼年学校に通い始めた。二人ともかなり優秀らしく、スキップをさせるかどうか考えて欲しい、と学校側から打診されている。しかし、それが面白くない者もいるのだろうか。 「……僕たちは、第一世代だから……」 目立ってはいけないのだ、とキラは小さな声で付け加える。 「そんなことはないよ」 こう言いながら、その小さな体をそっとひざの上に抱き上げた。そうすれば、柔らかな香りが鼻腔をくすぐる。それは一体何の香りだろう、と意味もなく考えてしまう。 「コーディネイターが優秀なのは、自分の中に蓄えることが出来る知識の量が多いからだよ。それは、第一世代であろうと第二世代であろうと代わらない」 自分の努力の結果だ、とそう続ける。 「ラウもそうだろう?」 彼も第一世代だ。 しかし、既にザフトにはなくてならない存在になっている。それは彼がそれだけの努力を重ねてきたからだ、とギルバートは続ける。 「ナチュラルは、我々のように遺伝子をコーディネイトしない。だからこそ、その才能には大きな差が出てくる」 才能にあふれている者が《天才》と呼ばれる存在なのだ。 そのような者達は、コーディネイター以上の才能を持っていることも多い。 「君のご両親はそのような方なのかもしれない。そうでなかったとしても、人一倍努力を重ねられてきたのかもしれないね」 知識の量は努力することで増やすことが出来る。ナチュラルの中で偉大な業績を上げてきた人々にはこちらのタイプも多いのだ。そう口にしながらキラの背中を軽く撫でてやる。 「だからね。君も気にすることはない。君が身につけている者は、君の努力の結果だ。もちろん、それを身につけさせてくれたご両親の努力もあるだろう」 だから、胸を張っていい。 そう言って微笑んでみせる。 「それでも我慢できないというのであれば、私に話をすればいい。いくらでも聞いてあげるよ」 自分は君達の保護者なのだから。そう付け加えればキラの瞳に涙があふれてくる。 「……ギルさん……」 本当にいいのか、とキラは問いかけてきた。それに頷き返せば、キラはさらに何かを問いかけようとしている。そんな彼女を促すかのように、軽く背中を叩いた。 「僕たちのこと、迷惑じゃない?」 それに安心したのだろうか。彼女はこう問いかけてくる。 しかし、それは予想もしていなかった言葉だった。 「迷惑なはずがないだろう?」 二人を呼び寄せればいい、と言ったのは確かにラウに対する好意だ。 しかし、実際に一緒に暮らしてみれば、それ以上の感情を二人に抱いている。 特に、キラにはこんな風に哀しげな表情をさせたくない。それは、きっと、彼女が幼くても《女性》だからだろう。 「君達がここにいてくれるからこそ、私は家に帰ってくるのが楽しいと思えるのだよ」 以前は、自宅にいても楽しくなかったからね……とそう続ける。 「何よりも、君達がいるからこそ、よりよい世界を作ろうと思える」 仕事をするための意欲を得られているのだ。だから、迷惑などと言うはずがないだろう? と言い切った。 「本当?」 しかし、まだ納得できないのか。キラはこう問いかけてくる。 「本当だよ」 だから、安心して欲しい。そう言って笑った。 それで、ようやくキラも安心できたのか。ほっとしたように表情をほころばせる。 淡いその笑みから、なぜか目を離すことができない。 今までに、何人もの女性の笑みを見てきたのに、こんな風に感じたことはなかった。それはどうしてなのだろうか。しかし、今重要なのは自分の感情ではなく、目の前の少女に納得して貰うことだろう。 「だから、安心しなさい」 言葉とともにそっとキラの体を自分の方へと引き寄せる。 「君達のご両親ほどではないが、私もラウも、君達を守れる程度には大人であるつもりだからね。困ったことがあったら、いつでも相談しなさい」 必ず、君達の味方になってあげるから。 そう言って、小さな体をしっかりと抱きしめた。 「……ギルさん、ありがとう……」 キラはこう言いながらそっと胸に頬を押し寄せてくる。 それが甘えてくれているようで嬉しい。 でも、それだけでは物足りないような気がしてしまうのはどうしてなのか。 あるいは、自分もそろそろ身を固めたくなったのかもしれない。しかし、自分のDNAと対になる相手は未だに見つからないのだ。 だが、それでもいいのかもしれない。 見つかったら見つかったで、キラ達が遠慮をしてこの家から出て行くと言い出しかねないだろう。それだけは避けたいのだ。 「君達は、もう、私の家族だからね」 そうならないように、気をつけていよう。少なくとも、言葉だけは惜しまない方がいいのではないか。 そう考えていた。 まだまだ、自分の感情の意味を自覚することはなかった。 |