アスランがプラントへ戻るという。
 あれこれけりをつけてこなければいけないことがあるのだ、と彼は口にした。
 しかし、とキラは思う。
 虫の知らせ、とでもいうのだろうか。何か引っかかるものがある。だから、無理を言って、フリーダムでザフトに気づかれるぎりぎりまで付いていったのだ。
 そして、そのカンが正しかったのだ。

 何かあったのだろう。
 戻ってきてからのアスランはキラの体を抱きしめて離そうとはしなかった。それが、彼が何かに耐えているときの仕草だ、とキラは知っている。
「まさか、ラクスだけじゃなくバルトフェルド隊長まで……」
 だから、その腕から逃げ出すことなく、それでも言葉をつづっていた。
「そうだな……直接お会いしたことはなかったが……バルトフェルド隊長は、有能な方だという。心強いかな?」
 アスランはそう言いながらもますます、キラの体を抱きしめる腕に力をこめた。
「アスラン?」
 キラ自身、気にかかることがないわけではない。特にバルトフェルドとは本気で殺し合ったのだ――あの時のアスランと同じように――そして、彼は片目と片腕と片足……そして、大切な女性を失った。
 それでも自分に対し、普通に接してくれるのは、彼が《大人》だから、だろうか。
 そう言えば、彼もそうだった……と思い出すのはギルバートのことだ。
 彼とレイが無事なのか、後でラクスに確認しなければ……とキラは心の中で付け加えた。
 それよりも今はアスランの方が気にかかる。
「父と、話がしたかったんだ……だが、父は……」
 自分の言葉にもう耳を貸してくれなかった、とアスランはかすかに震える声で告げた。
「もし、父の目を覚ますことができるなら、死んでもいいか、とも思った。でも、できなかった」
「アスラン?」
「キラが、まだ俺たちは死ねない……と言ったから……まだ、やり残したことがあるとわかったから」
 だから、どんなに無様と呼ばれる方法でもいい。生きて帰ってこようと思ったのだ。
 アスランのこの言葉を耳にした瞬間、キラは安堵のため息をつく。
 彼を失わずにすんだ、その事実に。
「やり残した事って?」
「……キラにいわなきゃないことばがあることを思い出したんだ」
 キラの言葉に、アスランは今までとは微妙に異なる口調でこう告げる。
「アスラン?」
 それは何なのだろうか。キラはその思いをこめて彼の名を呼ぶ。
「キラが好きだって……親友とか、幼なじみとかではなく……もっと、別の理由で」
 それを言いたかったのだ、と彼は告げた。
「それって……」
「キス、していい?」
 キラの言葉を聞くよりも早く、アスランはこう問いかけてくる。それにキラは、ほとんど無意識のままうなずいていた。

 抱きしめられて、キスをして……ようやくキラは自分たちの間にできた、あのぎこちなさの意味がわかった。
 結局、自分の感情と認識がずれていたからか……と。
 だからといって、一足飛びに体をつなげることができたわけではない。アスランの方はそうしたかったらしいのだが、状況がそれを許してくれなかったのだ。
 だが、それでもかまわないとキラは思っていた。そして、アスランも同じ考えであるらしい。
 そんなことを考えていた、ある日のことだった。
「レイ、君?」
 本格的に移動したエターナルの艦内で、キラは予想外の人物の姿を見かけて目を丸くする。
「ギルに……キラさんの側にいろって……」
 自分は大丈夫だから、と彼は言ったのだ、とレイは付け加えた。だが、その表情からレイがそれを信じていないことをキラは読み取る。
 本当は、どんなことになってもいいから彼の側にいたかったのだろう。しかし、ギルバートがレイをここによこした理由もわかる。
「そうなんだ。でも、君に会えて、嬉しいよ、僕は」
 だから、自分にできることはレイが『ここにいたい』と思ってくれるようにすることではないか。キラはそう判断をして微笑んでみせる。
「レイ君がいてくれると、心強いし」
 さらに言葉を重ねれば、レイはそうなのかというように視線を向けてきた。そうしていると、やはりフラガには似ていないように思える。それとも、それは自分がそう思っているから、なのだろか。
「俺がいると、キラさんが?」
 キラの思考を遮るかのようにレイが口を開く。
「そう。僕が心強い。ギルバートさんは、それも考えて君をここによこしたのかもしれないね」
 少なくとも、自分がそう思うよ、とキラは笑みを深める。
「キラさんが、そうおっしゃるなら……がんばります」
 ようやくレイも、淡い微笑みを口元に浮かべた。
「うん。期待しているから」
 言葉とともにキラは彼の肩を軽く叩く。そう言えば、これはフラガがよく自分にやってくれた仕草だな、とキラは気づいた。彼も、今の自分と同じ気持ちだったのだろうか、と。
「はい」
 では、と頭を下げる彼に、キラはがんばってね、と声をかけるとその場を離れる。そして、ラクス達の元へ向かおうかと角を曲がったときだ。
「あの子、知り合い?」
 誰かに引き寄せられたと思った次の瞬間、アスランの声がふってくる。
「……プラントで、ラクスのお世話になっていたときにね。知り合ったんだ……」
 それにどう答えるべきか悩んで、キラは素直に状況を説明した。
「ギルバート・デュランダルさんの養い子だって」
「デュランダル議員のか……」
 キラの言葉にアスランはどこか納得をした、と言うようにうなずく。しかし、その表情にはどこか釈然としないものが残っていた。
「アスラン?」
 どうかしたのか、と首をねじって彼を見上げる。
「何でもないよ。ただ……俺の知らない表情がキラにはたくさんあるなって……そう思っただけだ」
 一緒にいられれば、それも全部見られたのだろうか、と彼は付け加えた。その口調に、どこか嫉妬めいたものが感じられるのはキラの錯覚だろうか。
「これから、いくらでも見せてあげるよ」
 ずっと一緒にいられるのだから。こう言ってキラが微笑みを彼に向ければ
「そうだな。そのためにも……俺たちは生き残らなければいけない」
 アスランもうなずいてくれる。そのままそっと唇を重ねてきた。
「本当はもっと先もしたいんだけどね……今の状況じゃ無理だって言うのもわかっている」
 今すぐ、キラを自分のものにしたいんだけど……と付け加える言葉の意味が理解できないわけがない。思わず頬を赤らめると、キラはアスランをにらみつけた。
「ラクスに、怒られるよ」
 遅れると、とキラはその表情のまま告げる。
「そうだな」
 さすがのアスランも、今の――それとも本来の姿の、と言い換えるべきか――ラクスは怖いらしい。苦笑とともにうなずいてみせる。
「その後で、いろいろと話をしよう」
 この言葉に微笑みを返した。