それだけで十分、と思っていたのに……アスランはキラ達とともに戦う道を選択してくれた。
「……どうして?」
 カガリ達が気を利かせてくれたのか。
 アークエンジェルに戻れるようになるまでの間、キラはアスランと二人だけになることができた。そこで思わずこう問いかけてしまう。
「紅い軍服を着ている人は、エリートだって……ラクスやギルバートさんが教えてくれたよ……アスランは、そう、なんだろう?」
 しかも、彼の父はプラントの有力者だ。
 そう考えれば、あのまま何もしない方がアスランのためになったのではないか。あるいは、最初に口にしていたとおり、フリーダムを持ち帰れば……と。
「……そうすることが正しい、と昔は思っていたさ」
 少なくとも、キラに再会するまでは……と彼は小さな声で呟く。
「でも、お前とヘリオポリスで再会して……それからいろいろあって……本国に戻った後、ラクスに言われたんだ。俺は何のために戦っているのかって……」
 そして、その時にキラが生きていると教えられた……と彼は付け加える。
「彼女に言われたからじゃない。でも、何のために戦ってきたのか、わからなくなっていたんだ、俺は」
 だから、地球に来てから、あちらこちらに出向いて確認したのだ、という。この戦いの意味を。
「ザフトでも、あの戦いでお前の行動を感謝するものはいても憎むものはいなかった……そして、マルキオさまのところで恨まれていたのは……俺たちザフトだった……」
 だから、原点に返ることにしたのだ……とアスランは付け加える。
「俺は、母の敵を討ちたかった……それ以上に、これ以上俺と同じ思いをする人がいないよう、守りたかったんだ……」
 プラントの人々を……とアスランは吐息とともに口にした。それは、自分が友達を守りたかった気持ちと同じなのだろうか、とキラは思う。
「だが、今のプラントは……父をはじめとした者達は変わってしまった。ナチュラルの全てが悪い訳じゃない。それなのに……」
 こうはき出したと思った次の瞬間、アスランがキラを抱きしめていた。
「アスラン?」
 何を……とキラは思う。どうして彼はこんな事をするのか、と。
「そうやって、一つ一つ整理していったら……ただ一つの感情しか、残らなかったんだ……」
 だが、アスランはキラを抱きしめる腕にさらに力をこめる。
「キラ側にいたい。キラを守りたい……って」
 アスランの息がキラの耳にかかった。
「……アスラン?」
 自分は夢を見ているのだろうか。キラは一瞬そう考えてしまう。それくらい、アスランのこの言葉は信じられないものだったのだ。
「キラだけが……俺に残された、幸せの象徴なんだって……」
 だから、失えないんだ……とアスランはキラの髪に顔を埋めながら、囁いてくる。
 そんな彼の背中を抱き返しても許されるのだろうか。
 今なら、許してもらえるのかもしれない。彼の腕の強さが夢でなければ。
 おずおずとキラは腕をアスランの背に回す。
「僕は……ずっと、君の側に立てる人間になりたかった……」
 そして、小さな声でこう囁く。
「……なら、一緒に行こう……」
 同じ未来を目指して……とアスランが言葉を返してくれる。それにキラは彼の背に回した腕に力をこめることで答えた。

 だからといって、すぐに昔のような関係に戻れたわけではない。
 どこかぎこちなさが二人の間にはあった。
「……お前らは……」
 それに真っ先に気づいたのはフラガだった。いや、他の人々も気づいていたのかもしれない。ただ、それを指摘できるのが彼だけだった……という方が正しいのか。
「どうか、しましたか?」
 だが、何が原因であるのかわからないのだから、自分ではどうしようもない……とキラは言外に告げる。
「坊主だけじゃなく、あっちのオコサマも……自覚なしってか」
 ぼそりとフラガが呟く。
「ムウさん?」
 一体何を言いたいのだろう、彼は。そう考えて、キラはますます小首をかしげてしまう。
「……まぁ、坊主にはそう言う余裕がなかった……ってところなんだろうな」
 それに関しては自分たちの責任だ、とフラガは告げる。
「ムウさん、だから何を……」
 言っているのか、とキラは彼に問いかけた。こんな風に中途半端に思わせぶりなセリフを言われるのは不本意だ、とも思う。
「……これに関してだけはな……自分で気づかないと意味がないんだよ」
 俺みたいにな……と彼は笑う。
「ですから……意味が……」
 わかりません、とキラは訴える。
「それもまた人生だって。どうしても気になるなら……そうだな。自分の気持ちをもう一回見つめ直すんだな」
 どうしてアスランとぎくしゃくしてしまうのかを、とフラガは口にしながら、キラの髪をなでてくれた。
「まぁ……自爆しそうなら口を挟ませてもらうけどな」
 でないと、お前さんの場合どこまで落ち込むかわからないから……という言葉を口にされて、キラはさりげなく視線をさまよわせた。そして、そのままフラガの手から逃れるかのようにしゃがみ込む。
「こらこら」
 フラガが笑みにかすかに苦いものを滲ませながら、キラを追いかけて体を傾ける。そうすれば、彼の長くはない髪がはらり、と額を隠す。
「……え?」
 一瞬、彼の顔に別の面影が重なった。
 だが、それはあり得ない話ではないか。少なくとも、フラガの家系に《コーディネイター》がいるとは聞いていないし……それに二人の年齢差は自分と彼のものよりも大きい。
 だから、気のせいだろう。他人のそら似、という言葉もあることだし、とキラは自分に言い聞かせる。
「坊主、どうかしたのか?」
 先ほどまで自分が言っていた言葉をフラガが口にした。
 それになんと言葉を返すべきか。フラガのようにうまく相手を言いくるめることなど自分にできないことをキラは自覚していた。だから、他の口実を探さなければいけないと焦る。
「……言いにくいんですけど……」
 だが、幸か不幸か、その口実はすぐに見つけられた。
「首に……」
 しかし、それはある意味キラには刺激が強いものでもある。それ以上言葉を口に出せずに、キラはどうしたらいいのかというように瞳を伏せた。
「ありゃ……残ってたのか」
 キラが何に気づいたのか、フラガにもわかったのだろう。しまったな、と言いながら、彼は頬を指でひっかくような仕草を見せている。
「しかし、まぁ……他人のことには気づくのにな、お前さんも」
 自分のことは疎いんだな……と彼はため息をつく。
「ムウさん!」
 何なんですか、それは! とキラは言い返す。
 ある意味、こんな風に過ごせるのは幸せだったかもしれない。
 キラはそれをすぐに思い知らされた。