艦内がいきなり慌ただしくなった。
「……どうしたのかな?」
 戦闘が始まったわけではないだろうに。そう思いながら、シンはデッキの方へと足を運んだ。
「新型?」
 そこには今まで見たことがない機体がある。そして、そのパイロットらしき人物と、もう一人がゆっくりと下りてくるのがわかった。
「誰だよ……」
 気に入らない奴でなければいいんだが……とシンが眉を寄せたときだ。
「キラさん!」
 レイの声がデッキ内に響く。
「キラさん?」
 彼は今、プラントではなかったのか。そう思いながら、シンは反射的に下りてきた二人に向かって駆け寄る。そうすれば、青いパイロットスーツを身にまとった人物がヘルメットをはずしているのを確認できる。
 栗色の髪とすみれ色の瞳は確かに《キラ・ヤマト》のものだ。だが、その顔色は、最後に見かけたときよりも良くなっている。その事実に、シンはほっとした。
「……ギルから連絡は来ていますけど……無茶を……」
 そんな彼に向かって、レイがあきれたようにこう声をかけているのが聞こえる。
「みんなが心配してくれているのはわかっているけど……でも、何もできないのが、一番いやだったんだ」
 それに、と彼は苦笑を浮かべながら視線を流す。その先には、ひっそりとたたずんでいるフリーダムの姿があった。
「ここには、フリーダムがあるから……あれを、放っておくわけにはいかないだろう?」
 あれは、自分の機体だから。今までも、そして、これからも……とキラは付け加える。
「君たちが協力してくれるのなら、キラを戦場に出さずにすむだろうがな」
 もう一人のパイロットがこう言いながらヘルメットを取った。そこにいた人物にもシンは見覚えがある。
「あんたは……そこで何をしているんですか!」
 シンは思わずこう叫んでいた。
「オーブの首長の護衛、だったんではないですのか?」
 こう言って詰め寄れば、アスランは苦笑を返してくる。
「カガリからは、キラの護衛に行けと、役職を首になったんだよ。その代わりに、議長に拾って頂いた、と言うわけだ」
 そして、平然とこう言い返してくる。
「あんたは!」
 アスランのそんな態度が気に入らなくて、シンは思わず突っかかってしまう。
「やめなさい! 彼はフェイスよ!」
 そんな彼をルナマリアが制止してきた。
「フェイス?」
 まさかと思って確認すれば、確かにアスランの胸には確かにフェイスの印が付けられている。一方、キラはパイロットスーツの色以外は、何も変わったところが見られない。それはどうしてなのだろうか、と思う。
「ザフトに復帰したのは……俺だけだ。キラは、あくまでもオブザーバーという立場でここにいる」
 この言葉は、他の者に対する牽制だろうか。それとも、もっと別の理由があるからか。
「アスラン?」
「フリーダム以外に関しては、キラは関わらなくていい、と言うことだよ」
 もっとも、無理をしない程度なら、相談に乗ってもいいと思うけどね……と告げる口調は優しいが、周囲を見回す視線は冷たい。
「それに関しては、俺もできるだけ気をつけますから」
 苦笑混じりにレイが口を開く。だから、周囲を威嚇しないで欲しい……とその裏に隠されているような気がするのは、錯覚だろうか。
 しかし、そんなレイに負けてはいられない。
「俺も、側にいますから」
 シンがこう告げれば、キラは一瞬、驚いたように目を丸くする。
「ありがとう」
 しかし、次の瞬間には、ふわりと優しい微笑みを浮かべてくれた。

「……本当に、何を考えていらっしゃるのかしら」
 自分の前に置かれたフェイスの徽章を見つめながら、タリアが小さくため息をつく。
「グラディス艦長?」
 アスランの問いかけに、彼女は苦笑を浮かべる。
「荷が、重すぎるのではないか……と思ったのよ、私には」
 でも、と彼女は視線をアスランから部屋の傍らでアーサーに何事か説明を受けている《キラ》へと向けた。ザフトではないから、と言うことからか。キラに与えられている服は軍服ではない。だが、この場でも浮き上がらないようなデザインになっているのは、間違いなくギルバートの心遣いだろう。
「彼が、ここにいるのなら……フェイスが二人いてもかまわないのでしょうね。議長が私を信頼してくれて、彼を預けてくれた……と言うことでしょうし」
 フリーダムのパイロットであれば、自分も最大限の助力を惜しまないつもりだ、と彼女は微笑む。
「しかし、アークエンジェルとの合流と言われても……どこにいるのか」
「……多分、ジブラルタル方面だと……」
 しっかりとこちら会話を耳にしていたのか。キラが不意に口を挟んでくる。
「キラ?」
 どうして、それを知っているのだろうか。そう思いながら、アスランは彼に問いかける。
「ギルバートさんが、ラクスと連絡を取っていたんだって。専用の回線があるって言うから……連絡とれるよ?」
 確か、そっちの方にいるって聞いたから……とキラは小首をかしげながら付け加えた。
「……キラ……そう言うことは、事前に教えてくれ……」
 そうだったら、もっと話は簡単にすんだのだ。もちろん、その中にはフリーダムの修理についても含まれている。
「……アークエンジェルといえば……アスハ代表をかっさらって逃げているはずですが……」
「アーサー!」
 余計なことを言うな、というかのようなタリアの叱咤が、彼に飛ぶ。しかし、アスランもキラも、別段そのことに関しては驚くつもりはない。
「ラクスらしいね」
「……まぁ、あそこにカガリをおいておけば、お前がおびき出されるかもしれない、と判断したんだろう」
 そうなれば、無条件で利用されることはわかっているからな……とアスランは口にする。
「そうですね。フリーダムのパイロットまでもがあちらに着いたとなれば、オーブ以上の衝撃が走るでしょうね。そう考えれば……あの方々の行動は納得できますわね」
 そして、自分たちに対する行動も……と彼女はそっと付け加えた。
「ともかく、それが議長の指示であるのであれば、彼等と合流しましょう。キラ君。申し訳ないけど、彼等との連絡を取ってもらえるかしら?」
 おそらく、キラが連絡を取るのが一番いいだろう、と告げる彼女に、アスランはふっとあることを思いつく。
「……ラクス達は……キラの声を聞きたいからそういう行動に出た訳じゃないよな」
 その可能性が否定できないと、アスランは苦笑を浮かべる。
「キラ。連絡が取れたら、俺が代わるから」
 お互いの位置を他の連中に悟られないためには短時間で通信を終わらせたい以上、ラクス達に余計なことは言われたくない。
 そのためには、キラに必要以上会話をさせないことだ。
 キラとの再会を望んでいるのであれば、すぐに今の座標を教えて寄越すだろう。
 アスランはそう考える。
「そうだね。僕よりもアスランの方が、そう言うことは適任だよね」
 キラも素直に頷いて見せたのを確認して、アスランは笑みを深めた。