視線の先に、先ほど運び込まれたばかりのウエディングドレスがある。
「ったく……誰の趣味だ、これは」
 せめて、自分の好みぐらい把握していろ! とカガリは叫びたくなってしまう。だが、そんなことをしても無駄だろうと言うこともわかっていた。
「本当に、どうしてやろう」
 ユウナの奴は、完全に自分を所有物と思いこんでいやがるし……とクッションを抱きつぶす。
「一番効果的な方法で、あいつらの鼻をあかしてやれればいいんだが」
 自分一人では難しいだろう。それもわかっている。
「……結局……私は無力なんだな」
 自分が代表でいられたのも《アスハ》の名があったからだ。
 そして、自分がまだまだ子供で、あいつらから見れば利用価値があったからだろう。
 だから、とも思うのだ。
 ここにいるのが《キラ》ではなく、自分で良かったと。
 自分であれば、こうしてあれこれ反撃の手段を考えることができる。奴らがしていることが、本当に《オーブ》の国民のためになるとは思えないからだ。
 しかし、キラはどうだろうか。
 オーブの国民のため、という題目を掲げられては、逆らえるはずがない。そうなれば、最後にはどうなってしまうかわかりきっていた。
「……あいつらが、何とかしてくれるだろうけどな」
 問題は、どんな方法をとってくれるかだが……と心の中で呟く。
 同時に、自分自身が直接関われないと言うことがこれだけ辛いものだとは思わなかった、とカガリはため息をついた。

「世界は……どこに向かおうとしているのだろうな……」
 窓の外の光景を長めながら、クルーゼはこう呟く。
「その答えを知っている者は……今はまだ、誰もいないだろう」
 違うか、と問いかけながら、ギルバートが背後からそっと抱きしめてくる。そのぬくもりは、クルーゼの心をいつもほっとさせてくれるものだ。
「そして、人の思いが強ければ……未来すら変えられるのではないかね?」
 それを一番よく知っているのは自分たちだろう、と柔らかな声が続く。
「……キラ・ヤマト……か」
 その奇跡を起こしたのは、あの華奢な少年だ。あの少年の存在があったからこそ、人々は一つの目的に向かって努力することができたのではないか、と思う。
 だが、とクルーゼは心の中で付け加えた。
「奇跡は……何度も起こらぬものであろう?」
 キラにはもう、重荷を担わせるわけにも行かないはずだ。あの少年は、既に十分すぎるほどの努力をしてきたのだし、とそう思う。
「そう、だな」
 だが、と彼は続ける。
「キラ君は……間違いなく動くだろうね」
 その時に、自分たちが彼をフォローできるだろうか。そのことが優先事項かもしれないな、とクルーゼは思った。

 忌々しいほどの青い空が広がっている。それを目の前にしながら、カガリは何ともため息を漏らしていた。
「カガリ」
 そんな彼女を、隣に座ったユウナが戒めるように彼女の名を呼んだ。
 だが、カガリは相手に言葉を返さない。
 こんな茶番をしくんでおいて、自分が素直に従えると思っているのか。カガリは心の中でこう呟く。
「みんなが見ているだろう?」
 しかし、相手はそうではなかったらしい。
「喜んでくれている民衆を、心配させる気かい?」
 カガリには様ら得ないようなセリフを口にしてくる。それだけではない。
「それに……愛しの弟君が、どこかで見ているかもしれないよ?」
 そうしたら、ここに戻ってくるかもしれないね……とねっとりとした口調でユウナは付け加えた。
「……お前……」
「彼は確かにコーディネイターかもしれないけど、アスハの一族ならね。オーブにいてもらうべきだろう?」
 サハクのように、自分たちが作った檻の中でね……と付け加えるユウナに嫌悪しか感じられない。
 同時に、不安を感じてしまう。
 こいつらは、ひょっとして《キラ》の秘密を知っているのか?
 それとも、こいつらが欲しいのは《ストイラク》のパイロットだった《キラ》なのか。
 どちらにしても、キラがここに来るはずがない……とカガリは知っている。キラ自身が望んでも、周囲が止めるだろう。
 もちろん、一番いいのは、自分がこの場から逃げ出すことなのだが。さすがのラクス達でも、ここまで警護――と言うよりは監視だろう――が厳しくては手が出せなかったらしい。
 かといって、このまま結婚する気にもならない。そんなことをしてしまえば、この男がオーブでの実権を手に入れてしまうことになるのだ。
 どうすればいいか、と考えても答えは見つからない。
 カガリは唇をかんだ。

 そのころ、ラクス達はアークエンジェルのブリッジへと集まっていた。その中で、マリューが困ったように視線をさまよわせている。
「……あの……バルトフェルド隊長?」
 だが、意を決したかのように彼女は口を開く。
「こちらにお座りになりません?」
 そして指さしたのは、艦長席だ。その仕草に、ラクスは思わず苦笑を浮かべる。そのまま視線をバルトフェルドへ移した。
「いや。そこは貴方の席でしょう。僕は、状況次第で出撃するかもしれないしね」
 その時の指揮系統を考えれば、マリューが艦長席に座っている方がいい。彼はそう告げる。そして、その意見には他の者達も同意らしい。
「……わかりましたわ……」
 あきらめたかのようにため息をつくと、彼女は艦長席に腰を下ろす。彼女がそこにいるのが一番しっくり来るとラクスは心の中で呟いた。
『俺です』
 その時、彼等の耳にこんな声が届く。
『発進準備ができました』
 どうしますか? とさらに彼は続ける。ラクスは確認するように視線をバルトフェルド達に向けた。他のことならともかく、戦闘に関しては彼等の判断を仰いだ方がいいことを知っているからだ。
「できるだけ、穏便にお姫様においで頂くように」
 苦笑混じりにバルトフェルドがこんなセリフを口にした。
『了解です』
 その裏に隠されている意味がわかったのだろう。彼もまた苦笑混じりに言葉を返してくる。
『ストライク、発進します!』
 その直後に彼はこう告げた。
「了解! 発進、どうぞ」
 ラクスがこう告げると同時にカタパルトが開く。そして、エール装備のストライクが飛び出した。海中から空中に飛び出すと同時に、それは鮮やかな紅を身にまとう。
「彼のことだから心配はいらないと思うけどね。僕も、一応、スタンバイをしておくか」
 言葉とともに、バルトフェルドも立ち上がる。そして、ブリッジを後にした。

 粛々と進んでいる式を、どうしたらぶちこわせるだろうか。
 カガリは本気でそんなことを考えていた。それでも、周囲からさりげなく向けられている銃口が、それを許してくれそうにない。
 これほどまでに、オーブの実権が欲しいのか。
 そして、地球連合に与したいのか、とカガリは心の中ではき出した。オーブという国がこれほどまでの力を得られたのは、コーディネイター達が力を貸してくれたからだろう。
 そう考えれば、このやり方は納得できない。
 しかし……と思ったときだ。
 不意に上空が暗くなる。いや、何かの影が自分たちの上にかかった、という方が正しいのか。
「何だ?」
 振り向いたカガリは、目の前に信じられないものを見て目を丸くする。
「……ストライク……」
 何故これが……と一瞬考えてしまう。だが、すぐにラクス達が行動を起こしたのだ、とカガリは理解をした。それを証明するかのように、ストライクはカガリの体をその手で掴んだ。
「……だからといってだなぁ!」
 これはないだろう、とカガリは思う。はっきり言って、風圧がひどいのだ。
 しかも、自分を取り返そうとするためか。アストレイとムラサメが追撃してくるのがわかる。
 その時だ。
 ストライクのハッチが開く。そして、その中から伸びてきた手がカガリを中へと引き込んだ。
「……凄いドレスだな……」
 そのまま、横抱きにした相手が、あきれたようにこう呟く。
「うるさい!」
 その口調に、カガリはむっとしてしまった。
「これが、私の趣味だと思っている訳じゃないだろうな、ミゲル・アイマン!」
 自分だったら、こんなドレスは選ばない! とカガリは叫ぶ。
「わかってるって……悪いけど、ちょっと黙ってくれな」
 あれをどうにかしないと、アークエンジェルもまずいだろう……と彼は付け加える。キラであれば、さほど苦労はしないことも、自分ではめちゃくちゃ難しいのだ、と。
 こう言いながら、彼はストライクのビームライフルを追撃してくるMSへと向ける。そして、そのままビームを発射した。
「おい!」
 まさか、撃墜したのか? とカガリはとっさに視線をモニターに向ける。そして、機体の後を視線で追いかけた。
「大丈夫だって。推進力を殺いだだけだから」
 ここでパイロットを殺したら、カガリだけではなくラクス達にも恨まれるだろう、とミゲルは苦笑混じりに告げる。そんな恐ろしいことできない、とも。
「お前なぁ……」
 カガリの文句をどこか楽しげに聞きながら、ミゲルはストライク・ルージュをアークエンジェルへと着艦させた。