「……彼等は、無事に逃げ延びてくれましたの」 良かったですわ、とラクスは微笑む。しかし、目の前の相手は厳しい表情を崩していない。 「どうかなさいました?」 そう問いかければ、彼は小さくため息をつく。 「新型のパイロットですが……」 そして、言いにくそうに口を開いた。 「どうかしたのかね?」 それに気づいたバルトフェルドがこう声をかける。 「俺の気のせいだろいいのですが……あいつ、SEEDを発動させたかもしれません」 結果的に、それで彼らはあの危機を切り抜けることになった。しかし、それが彼にとっていいのかどうか。それはわからない、という彼の言葉はもっともなものだろう。 「そうですか」 自分やアスラン、それにカガリはそれを発動させたとしても逆に利用することができた。 しかし《キラ》は違った。 彼は自分がそうなることをいやがっていたのだ。あるいは、それが《戦い》の中でのみ発動するものだったからなのかもしれない。 「あれは、体力を消耗させます。自分では気づかないうちに、最悪の事態にならなければいいのですが」 そんなキラの状況を一番よく知っていたのは、マリューかもしれない。そんな彼女にしても、今はいない《彼》の言葉がなければ気づかなかったのだが。それは、キラが意図してそうしていたからだろう。 それでも、彼は救えなかった《命》があったことに傷ついていた。 相手は正規の訓練を受けた人間だから、キラと同じと考えるわけにはいかない。 「……悲しむことがなければ……なければ、よろしいですわね」 力にだけ振り回される事になれば、その先に待っているのは悲しみだけだ。 それをあの機体のパイロットが理解してくれるだろうか。 「どちらにしても、彼等は我々の手を離れたのだ。そちらに関しては、あちらの艦長に任せよう」 バルトフェルドは割り切るかのようにこう告げた。 「そうですわね。私たちは別の問題に立ち向かわなければなりません」 こちらの方が重要かもしれませんわよ、とラクスもまた言葉を口にする。 「カガリは今、どちらにいらっしゃるのでしょうね」 小さなため息とともにラクスは言葉をはき出す。 「カガリさんを、ひっそりと取り戻すのは不可能だ、と思いますわ」 それを受けて、マリューは口を開く。 「ですから、思い切り派手な行動を取った方がいいのではないか、と思いますが……いかがでしょうか」 にっこりと微笑みながら、彼女の唇から飛び出した言葉は、さすがに奇抜としか言い様がない物だった。しかし、ラクスは気に入ったと言っていい。 「そうですわね。そのくらい派手な方が、後々いいかもしれませんわ」 にっこりと微笑むと、しっかりと頷いて見せた。 周囲は歓喜に包まれている。それは当然だろう、とレイも思う。何も知らないあのころは、自分も同じような気持ちになったのだから、と。 「けど、本当どうしちゃったわけ?」 同じパイロットとして、ルナマリアもあの状況が気になったのだろう。ようやく解放されたシンにこう問いかけている。 「さぁ、自分でもよくわからないんだ……急に頭の中がクリアになって」 周囲の状況がはっきりとわかるようになって、そして、自分が何かをしようと考える前に体が動いたのだ、とシンは説明をする。 でなければ、あの場を切り抜けることは不可能だった、とも。 「どうしたのかしらね」 そんなこともあるのかしら……とルナマリアは単純に目を丸くしている。 だが、レイには同じような状態に陥った人間を知っていた。そして、彼はその状況をいやがっていたことも知っている。 『パーサーカー』 彼――キラは、自分の状況をそういうとともに自嘲の笑みを浮かべていた。 それはきっと、彼自身がそんな自分の状況をいいと考えていなかったからだろう。 戦うために生まれた存在だから、きっと……と呟いていた事も知っている。しかし、アスランやラクス達も同じようにSEEDを発動できると知ったときは、目を丸くしていたが。 「何にせよ、重要なのは、生きているということだ。明日があると言うことだからな」 事実を知ったとき、シンはどんな反応を見せるのだろうか。 それはわからない。 だが、キラのように一人で悩むようなことがなければ大丈夫なのではないか、と判断をする。 「ともかく、今日は休め。報告は俺がしておいてやる」 記憶の中のキラは――いや彼だけではなく他の者達も、あれを発動させた後、疲労を感じていたはず。 今は、高揚感を感じているだろう。 しかし、それが消え去ったとき、シンがどう感じるか。それを考えれば、少しでも先手を打っておいた方がいいだろう。そう判断をして、レイはこう告げた。 「別段、疲れてなんかないけどな……」 予想通りと言うべきなのか。シンはこんなセリフを呟く。 「疲れていなくても、休むべきよね。せっかく、レイがまとめて報告をしてくれるって言ってるんだから」 ラッキーと思って休憩しなさいよ、とルナマリアは笑う。あるいは、レイの態度から何かを察してくれたのだろうか、彼女は。 「……まぁ、報告をしなくてもいいのはいいけど……」 実際、あまりデスクワークが得意ではないシンも、どうやら納得したらしい。こんなセリフを口にする。 「……ちゃんと休んでおけよ」 それを確認して、レイはそのまま彼等から別れて歩き出す。 二人から自分の表情が見えなくなったところで、彼は小さくため息をついた。 「俺に……SEED因子があれば、な」 どうして、SEEDが発動をするのか、それはわからない、とギルバートは言っていた。コーディネイターだけであれば、遺伝子を操作した結果だと言えるだろう。だが、カガリはナチュラルなのだ。 だから、本当に何かの偶然が重なって、その因子が生まれるのだろう、と。 「……もっと、みんなのために動けるだろうに……」 あるいは、二度と《キラ》を戦場に引っ張り出さなくてもすむのではないか。そんなことすら考えてしまう。 もっとも、それがなくても彼等をフォローできる実力を自分が身につければいいだけの話なのかもしれないが。 「どちらにしても、あいつの暴走を止められないと……厄介なことになることは事実か……」 今はまだいい。 その攻撃は敵に向けられている。 だが、それが他の場所に向けられたときにどうなるか……それが一番心配なのだ。 「何事もなければいいんだが……」 小さな呟きは、レイの口の中だけで消えた。 「キラ……」 相談したいことがある、とアスランは彼に呼びかける。同時に、小さな体をそっと抱き寄せた。 「……ザフトに、戻るの?」 それだけで、キラは自分が何を言いたいのかわかったのだろう。こう問いかけてくる。 「戦わずにすめば、それが一番いいんだが……」 現状では無理だ、とわかっている。そして、カガリには悪いが、オーブを盲目的に信じることはできない。 地球連合に至っては論外。 残されたのが、プラント――ザフトというだけなのだ。 もちろん、全面的に信じられるというわけではない。だが、ギルバートは信じてもかまわないだろう。だから、彼が議長であるうちは力を貸してもかまわないだろう、とアスランは考えてたのだ。 「……僕も、一緒に行く……」 「キラ?」 しかし、キラまでがこんなセリフを口にするとは思わなかった。 「わかっているのか、キラ。俺が向かうのは……間違いなく戦場だぞ?」 彼が《戦い》を嫌っていることはよく知っている。いや、それだけではない。キラの場合、戦場にいるだけで心の傷を増やしていくのだ。決して、連れ出したくはない。 「わかってるよ!」 しかし、キラはきっぱりとした口調でこう言い返してくる。 「でも、僕だけがみんなに守られて……安全な場所にいられるわけ、ないじゃない!」 自分にできることがあるなら、するべきだろう、と付け加える彼の瞳には決意に色が刻まれていた。 だが、と思うのだ。 そのせいでまた涙をこぼす姿を、自分が見たくない。いや、自分だけではないだろう。他のメンバーにしても同じなのではないか、とアスランは心の中で呟く。 「……その気持ちはわかる……」 それをどう告げれば、キラは納得してくれるのだろうか。 「だが、それでお前が泣くようなことになれば……俺だけではなく、みんなが心配する……それもわかっているな?」 と言っても遠回しに告げてもキラにはわからないかもしれない。そう判断して、アスランはストレートに自分の気持ちを口にした。 「……でも、今度は、アスランが……ずっと一緒にいてくれるでしょう?」 前のように、アスランと戦うことがないのであれば、大丈夫なのではないか、とキラは口にする。同時に、彼は甘えるように体をすり寄せてきた。 「……僕じゃ……みんなの、足手まといになるかもしれないけど……それでも、何もしないのは、いやなんだ」 ここでみんなの心配をするよりも、傷つくことがわかっていても側に行きたい。キラはそう口にする。 「……お前が、そういう性格だって事は、わかっていたのにな」 アスランは小さくため息をつく。 「だが、お前がザフトにはいるのは、反対だ」 他のメンバーも同じだろう、とアスランは思う。それでも、キラの協力を得られると知れば、諸手をあげて喜びそうな人間がいることもわかってはいるが。 「……俺の件も含めて……デュランダル議長に相談するしかないのか」 あるいは、彼であればキラを止めてくれるかもしれない。そんな期待を抱いていた、と言うことはアスラン自身、否定しない。 「ギルバートさんに?」 こう言って、キラは何かを考え込むかのような表情を作る。だが、彼の中で結論は比較的早く出たらしい。 「そうだね……そうするしかないよね」 あるいは、今のキラの立場がギルバートの庇護下にあるからなのだろう。小さなため息とともにこう呟く。 「もし、キラが一緒に来られなくても……あの方が一緒なら、俺たちは安心できる」 だから、その時はおとなしくここで待っていてくれ。そう付け加えるアスランに、キラは小さく頷いて見せた。 |