「ちきしょう!」 あれだけ素早く――そして、モルゲンレーテの技術員達の協力もあって密やかに――事を進めたというのに、どうして地球軍にかぎつけられたのか。 あるいは《誰か》が事前に地球軍をおびき寄せていたのかもしれない。 そんなことすら、シンは考えてしまう。 そして、その《誰か》といえば……と考えたときだ。 『シン……』 いつものように動揺を感じさせない声が耳に届く。 「なんだよ!」 それがうらやましいと思いつつも、どこか反発を覚えてしまうのは何故なのだろうか。 『感情だけで突っ走れば……死ぬのはお前だぞ』 レイにしても、それはわかっているだろう。だが、彼はその静かな口調でこう告げてくる。 「何が言いたい!」 『お前は、一人で戦っている訳じゃない。それだけは忘れるな、と言いたいだけだ』 それは一体どういう意味なのか。 問いかけようと思っても、相手は既に別の相手との通信を行っている。開きっぱなしの回線から会話の断片だけがシンの耳に届いていた。 ミネルバに乗艦しているパイロットの中で、彼がリーダーなのだから、仕方がないのだろうが、その内容は多岐にわたっている。 「……何なんだよ、本当に……」 一体、彼は何を言いたいのか。 それとも、リーダーとして当然のセリフなのか。 それにしては、何かふくむものを感じさせた。 「前の戦争の時……何かあったのかよ」 だから、あんな風なセリフを口にしたのだろうか。 「……後で……聞き出してやる」 無事にこの海域を抜け出せたなら、その時は……とシンは心の中で付け加えた。 その時だ。 周囲に戦闘を告げる警告音が鳴り響いたのは。 「やっぱり、来たか!」 本当に、オーブは偽善だらけの国だ、とシンは心の中で呟く。それに比べたら、自分の罪を自覚できている《キラ》の方が何十倍もマシだ、とも。 そんな彼にもう一度会いたい。 こんな事を考えながら、シンはスロットルを握りしめた。 「……まさか……」 本当だったとは……とレイは小さなため息をつく。 匿名で送られてきたメール。だが、それが誰からのものであるのか、さりげなくちりばめられていた単語から推測できた。 彼がどうしてここにいるのか。 その理由も、想像に難くない。 だが、その内容は決して認めたくない、と思えるものだった。それを認めれば《彼女》の努力が無駄になってしまった、と言うことだからだろう。 しかし、現実は今、目の前で繰り広げられている光景だ。 「ザクに、大気圏内での飛行が可能であればな」 シンだけに、あれの相手をさせずにすむだろう。そうは思っても、自分たちにも余力があるわけではないのだ。 「実際に経験してみれば……キラさんのすごさが改めて実感できるな……」 彼は、ほとんど一人で多数の相手との戦いを生き抜いてきたのだ。しかも、相手はナチュラルではなく《コーディネイター》である場合がほとんどだったはず。 それでも、彼は仲間達を守り抜いたのだ。そう聞いている。 「なら……俺にだって……」 キラのようにはできないかもしれない。 だが、自分には信頼できる仲間がいるのだ。 彼等と協力をすれば、何とかなるはず。いや、何とかしなければいけないだろう、とレイは考える。 「ギルの側に戻るためにも、キラさんを悲しませないためにも……」 自分たちが生き残ることを最優先に考えるべきだろう。 目の前に飛び出してきたウィンダムをバズーカーで撃ち落としながら、レイは呟く。 「俺は、敵を討つ」 それが、キラの本意とは正反対の行為だとしてもだ。自分が死んでしまっては何にもならないだろう。そして、キラもそんな自分のことを否定しないでくれるのではないか。 「力だけでも、思いだけでも……だめなんだな、本当に」 自分の無力さを見せつけられて、レイは唇をかんだ。 「さて、どうしたもんかねぇ」 目の前で繰り広げられている戦闘を見つめながら、こう呟く。 「好きなときに介入していいって言われてもな」 どうしろというのだ、とため息が出てしまう。 それでも、カーペンタリアへ向かってもらわなければならない、と言うこともわかっていた。そして、自分を信用してこの役目を任せてもらえたのだと言うことも理解している。 それでも、自分としては、もっとお気楽な状態で過ごしたかったのだが、と心の中で付け加えた。 「しかし……見てられねぇな」 不意に口調を変えるとこう呟く。 まだまだ、実戦経験が少ない連中だというのは聞いている。それにしても、あれほどまでに突っ走る奴がいて大丈夫なのか、と考えてしまう。 「……あいつらよりはマシなんだろうがな」 かつてともに戦ったメンバーの中でも特に協調性のなかった者達の顔を思い浮かべながらこう考える。 「って、まずいんじゃねぇ?」 不意に、先行していた一機の動きが変わる。 それと同じ光景を、何度か目にしたことがあった。しかし、それは……と眉をひそめる。 「好機じゃねぇが……仕方がないな」 介入するか。 こう呟くと、そのまま機体を戦場へと向けた。 「……シン!」 まるで鬼神のような……というのだろうか。そんな動きを見せ始めたインパルスに、レイは驚愕を隠せない。 「SEEDが……」 発動してしまったのだろうか。 それはつまり……と眉を寄せたときだ。 『何よ、あれ!』 ルナマリアの叫び声が届く。どうしたのか、と思って周囲の状況を確認すれば、ザクによく似たフォルムをした、オレンジ色の機体が確認できる。 『西の方角が空いている……さっさと逃げな』 あれは一体と思ったときだ。スピーカーからこんな声が飛び出す。 『虎さんがそうしろと言っていたぜ』 そう付け加えられる声とともに、目の前の機体がインパルスを攻撃しようとした機体をたたき落とす。 『……わかりました』 タリアは何かを感じ取ったのだろうか。こう告げると、周囲に指示を出している。 ただ、それにシンが気づいたかどうか。 それだけが不安だった。 |