ミゲルとラスティ、それにニコルの墓参りをすませた時だ。
「……アスラン……」
 不意にイザークが呼びかけてくる。
「そう言えば……話があると言っていたな」
 視線と向けると、こう聞き返す。
「何なんだ?」
 ディアッカが一緒だとはいえ、キラが待っているのだ。できるだけさっさと切り上げたい、と思ってしまう。
「ザフトに戻ってこい」
 そうすれば、彼はきっぱりとこう言い切る。
「イザーク?」
「先日の戦いで、実感した。ザフトには、優秀な人間が必要だ。クルーゼ隊長が戻ってきてくださったが、それだけでは足りない」
 それに、とイザークは声を潜める。
「あいつを守るには……それなりの力と後ろ盾が必要だと思うぞ」
 この言葉に、アスランはイザークをにらみつけた。
「どういう事だ?」
 キラは、ギルバート達が守っているのではないか。だから、自分たちはある意味安心していたのだと言っていい。
「……どこにでも、バカはいる、と言うことだ。今は、議長が完全にそういう連中を押さえ込んでいらっしゃるが……」
 状況が変わっていけばどうなるかわからない、と彼は付け加える。
「あいつは……フリーダムのパイロットは、ある意味、伝説だからな」
 その強さは、というイザークの言葉には頷くしかない。実際、キラの戦いぶりは今でも記憶にしっかりと焼き付いているのだ。
 だが、キラ自身は、そんな自分を嫌っていたはず。
「……それに、あいつはストライクのパイロットで、アスハにゆかりがある人間だろうが」
 さらに声を潜めるとイザークはこう付け加える。
 どうやら、そのあたりの事情はディアッカあたりから聞きつけたのだろう、とアスランは判断をした。それが必要だったのだろう、と言うことも理解できる。
 だが、それはあまり広められない事実であることもまた真実だ。
 ストライクのパイロットであったという事実が、キラを脅かすための手段になり、カガリと血縁関係にあると言うことが、利用価値を高めると言うことだろう。
「……戦争は……人の本性を暴くからな」
 平時は紳士ぶっていた人間が、実は好戦的だったとかそういう話はよく耳にした。そして、自分の父も戦争のせいで変わってしまった人間だろう、とアスランは心の中で付け加える。
「だが、それと俺のザフト復帰と、何の関係があるんだ?」
 別段、ザフトでなくてもキラは守れるのではないか。言外にこう付け加えれば、イザークはかすかに眉を寄せる。
「だが、キラは今、プラントの人間、と言うことになっている。いくら、あいつの姉がいるとはいえ……オーブに亡命することも難しいのではないか?」
 むしろ、その方がキラが利用される確率が高いだろう、と付け加えてくる彼に、アスランは小さくため息をつく。
 その言葉を否定できない自分がいることに気づいてしまったのだ。
「お前なら、隊長クラスにすぐあがれる……言葉は悪いが、ラクス嬢とともに戦ったお前は、ザフトでは今でも英雄扱いだ」
 パトリックのことを気にしているのは、政治家どもだけだ、と彼は吐き捨てる。それは、ある意味、イザークも自分と同じ立場だからかもしれない。
「……少し、考える時間をくれ」
 今すぐと言われても答えは出せない。
 それに……と思う。自分だけで答えを出すわけにはいかないのだ、とアスランは心の中で付け加えた。
 本来であれば、カガリやラクスと話をすべきなのだろう。しかし、現状では難しいこともわかっている。
 それならば、せめてキラと、と思うのだ。
「そうだな……当然のことだ」
 イザークも即座に同意を見せる。
「ただ……時間がないぞ」
 それほどな、という言葉もまた真実だろう。それはアスランにもわかっていた。
「……本当に、どうしてこういう事になったんだろうな」
 自分の腕の中でパトリックが息を引き取ったあの日――キラが自分たちの前から姿を消したあの日に、全てが終わったはずではないのか。
 結局、自分はキラに平和な時間を与えてやることができなかった、とアスランは心の中で呟く。
「だからこそ、もう二度とこんな事が起きないように、根本から叩くべきだろう」
 そのために力を貸せと言っているのだ、とイザークは口にする。
「あいつが、もう二度と誰かに利用されないためにもな」
 あわないでいた時間の間に、ずいぶんとまた性格が変わったものだ。アスランはついついそんなことを考えてしまう。
 昔はこんな風に《誰か》のことを心配するような態度を見せたことがない。
 やはり、置かれた状況と三年という月日がいい意味で彼を変えたのだろう、とアスランは判断をした。
「本当にあいつは、人が良すぎる。バカではないはずなのに、どうしてあんな風に貧乏くじを引きたがるんだ」
 ぶつぶつと呟くように付け加えられた言葉に、アスランは苦笑すら浮かべたくなる。
「キラは、昔からそうだよ」
 だからこそ、一番辛い道を選択することになったのだ、とアスランは思う。
「……ディアッカが追いかけ回している相手も、そんなことを言って寄越したな」
 それも、ディアッカではなく自分に、とイザークは付け加える。
「そう言うことは、あいつに言え!」
 間に挟まれた身にもなれ、と告げるところから判断して、どうやら何かあったらしい。
「……それこそ、お前の方が上官だからだろう」
 ディアッカを試しているのかもしれないし、とミリアリアの顔を思い浮かべながらアスランは言葉を返す。
「ただ……彼女もキラを心配していることだけは事実だからな」
 使える手段を全て使おうとしているだけだ。
「それは、わかっているがな」
 そうでなければ、おとなしく話を聞きはしない……と怒ったように口にした彼も、実はミリアリアのことが気にいっているのではないか。アスランがふっとそんなことを考えてしまう。
 それが友情にまで発展してくっれば、それこそキラが喜ぶだろうとも。もっとも、恋愛感情まで行くと話がややこしくなりそうだ、と言うことも否定しない。
「……間に合わないようなことは、もうしない。そして、後悔をすることもだ」
 だから安心していい、とアスランは自分の感情を隠してこう告げる。
「期待している」
 アスランの答えに満足したのだろうか。イザークはかすかに唇の端を持ち上げた。
「そろそろ戻らないと……キラが不安になっているかもしれないな」
 そして、話題を変えてくる。
「そうだな」
 ディアッカが一緒だから、危険なことにはなっていないはず。だが、気持ちまではそうはいかないだろう。
「戻るか」
 こう告げるとアスランはきびすを返す。そうすれば、イザークが当然のように彼を追い越していった。