「艦長!」
 アーサーの呼びかけに、タリアは艦長席から立ち上がった。そして、素早く彼の側へと歩み寄る。
「……誰なんだ、あんたは」
 それを確認しながら、アーサーは再度呼びかけた。
『……砂漠の虎……をご存じかね?』
 雑音の中からかろうじて聞き取れる男性の声に笑いが混じっているように感じられるのは、タリアだけではないだろう。
 だが、それ以上に彼女の琴線に触れたのは《砂漠の虎》という呼称だった。それは、三隻同盟のうち、ラクス・クラインが乗り込んでいたエターナルの艦長だったはず。それでなくとも《アンドリュー・バルトフェルド》は《ラウ・ル・クルーゼ》に並ぶ名将として知られているのだ。
 その彼は、今、行方不明だったはず。
 だが、とタリアは思う。
 彼等が《キラ》を探すためにオーブにいたとしてもおかしくはないのではないか。プラントでは地球連合の情報はなかなか得られない。しかし、中立国では可能性がある。  ギルバートやレイ、それにアスランとカガリがキラと再会したときの様子から判断すれば、十分あり得そうだ、判断をした。
 そんな彼が一体何を、とタリアは思う。
『オーブが……代表を監禁した……』
 次の瞬間、耳に届いた言葉は彼女の疑念をあっさりと打ち砕いてくれた。いや、それ以上のものだったと言うべきか。
『……地球連合への参入を、果たしたいらしい……貴艦も、動けるようなら……出航した方が、いいだろう、という伝言だ』
 でなければ、捕縛されるぞ……と声の主が告げる。どうやら、あくまでも自分は《砂漠の虎》からの言づてを届けるだけだ、といいたいのだろう。
「……代表の件は、どうなさいますか?」
「艦長!」
 自分たちに何か手助けができることはないのか。言外に問いかけるタリアに、アーサーが焦ったように呼びかけてくる。だが、彼女はそれを綺麗に無視した。
 ここで彼等の手助けをしても、ギルバートは何も言わないだろう。いや、むしろ適切なフォローをくれるのではないか、と言うことは、あの日々の間でわかっていた。
『それについても……手は打ってある。ザフト……が、直接、関わらない方が……いいだろうからね』
 そうなれば、事態は厄介になる。そう言いたいのだろう彼は。
 あるいは、既に手はずが全て整っているのかもしれない。
「出過ぎた事を申し上げましたね……そうですね、早急に行動を起こさせて頂くと、あの方にはお伝えください」
 ならば、自分たちは下手に手を出さない方がいいだろう。そう判断をして、タリアはこう告げる。
「そして、お目にかかれる日を楽しみにしております、とも」
 この言葉に、アーサーは目を丸くした。
『確かに、伝えておこう……』
 この言葉を最後に、相手は通信を切断する。
「……艦長……」
 それを合図にしたかのように、アーサーが何かを問いかけてこようとしているのがわかった。しかし、全てを説明している暇はないだろう。
「出航準備を! 万が一のことを考えて、戦闘配備もしておいて」
 このままでは、ここに閉じこめられてしまうかもしれない。その場合、実力行使もやむを得ないのではないか。
 何よりも、オーブ軍と地球軍の動きが気になる。
 しかし、あの口調であれば、まだ少し猶予があるのだろう。
 脳内で、様々な状況をシミュレーションしながら、タリアは次々と指示を出していた。

「……すまないが、そちらには俺達だけで行ってくる……キラは、ディアッカと待っていてくれ」
 アスランがきっぱりとこう言い切る。
「……わかってる……」
 彼がいきたいと行っていた場所を考えれば、自分が行かない方がいいことは……とキラは心の中で呟く。誰だって、自分を殺した人間に墓参りなんてして欲しくはないだろうと思うのだ。
「……キラ……また、余計なことを考えているだろう……」
 ため息とともにアスランの指が、キラの眉間をなでる。それで、そこにしわが寄っているのだ、と理解をした。だからといって、早々簡単に直り訳ではないだろう。
「キラ……そいつらは二人だけで話したいことがあるんだそうだ。イザークのわがままだから、妥協してくれ」
 キラの肩に手を置きながら、ディアッカがアスランをフォローするかのようにこう言った。
「あいつらは……お前が墓参りしてもいやがらないって。戦争だから、と割り切れる連中だけだったからな」
 全てが終わった今では、何とも思っていないって……とさらに彼は言葉を重ねてくる。
「そうだな。むしろ……喜ぶかもしれん」
 イザークもまたこう言って頷いて見せた。
 アスランだけなら、納得できなかったかもしれない。しかし、イザークもこう言ってくれるのであれば――それが自分を気遣ってくれてのセリフだとしてもだ――納得できるとキラは思う。
 それは、イザークが最後まで自分と戦った相手だからだ。
 自分は見たことはないが、三年前、彼の顔には大きな傷があったのだという。それを付けたのは自分だ、と聞いたのは先日のことだ。
 それをキラが知った、とわかったとき、イザークは苦笑を浮かべて『あのころは、無駄なプライドを持っていたからな』と言葉をかけてくれた。今は、もう気にしていないとも。
 だからこそ、こういう点で彼は嘘を言わない。そうわかっているのだ。
「……できるだけ早く帰ってきてくれるなら……」
 それでも、甘えるような口調でこう言ってしまうのは、きっとアスランに会ってしまったからだろう。でなければ、もう少し我慢できたのに……とキラは思う。
「わかっているって」
 即答してくれるアスランに、キラは小さく頷いて見せた。

 アスハ宮殿ではなく、セイラン家に閉じこめられている、と言うことにカガリはあきれてしまう。
 アスランがいなくなってすぐに、周囲からセイラン家の嫡子であるユウナとの結婚を強要されていたのは事実。だが、それに関してカガリが首を縦に振らないとわかれば、いきなり実力行使に出たのだ、あの連中は。
 それが、国民のための行動であればある程度は妥協したかもしれない。しかし、その裏で糸を引いているのが誰かのかわかっている以上、カガリがそれを飲むはずがないと、どうしてあの連中にはわからないのだろうか、と本気で思う。
 もっとも、連中の気持ちもわからないではない。
 そうしなければ、あの時のように地球軍が攻めてくる、という脅かしをかけられては選択肢はそう残されていないのだ。
 しかし、それほどまでに、自分たちの保身をはかりたいのか。
 こんなにも、オーブの首長家は堕落してしまったのか。
 そんな思いでいっぱいだった。
「コーディネイター達がいてくれたからこそ……オーブは《オーブ》として存在していられた、というのに、な」
 そんな彼等を排除してまで、自分たちは生き残りたいのか……と考えれば、軽蔑する気にもなれない。
 だからといって、ここに閉じこめられているという事実も不本意だ。
「私が、おとなしくしていると思ったら大間違いだぞ」
 自分は《オーブの獅子》と呼ばれたウズミの娘だ。その血を直接はひいていないかもしれないが、その志は骨の髄までたたき込まれている。
 そんな自分を、完全に閉じこめておくなんてできると思っていれば笑うしかない。
 第一、あのメンバーがこの状況を黙ってみているわけがないのだ。
「……あいつらが、どう動くか……楽しみにしておくか」
 今、下手に動くことはできない。
 ならば……とカガリは小さな声で呟く。そして、視線を窓の外へと向けた。