「……宣戦布告……ですか?」 呟くように言葉をはき出すキラの体が、小さく震えている。 それは恐怖なのか。 それとも怒りからなのか。 どちらにしても、彼をこのまま放っておくわけにはいかないだろう。そう判断して、クルーゼは細いと言える体を抱きしめた。 それだけで、キラは安心できたのだろうか。小さなため息をつく。それでも、完全にふるえが止まったわけではない。その事実に、クルーゼはかすかに眉を寄せる。 「残念だがね……現在の情勢を好機、と考えたものがいたのだろう」 自分たちの手に入ると思っていた利益が、三年前の戦争で取り上げられた。それが理不尽な条件でのものだとしても、彼等にとっては正当なものだったのだ。だから、取り返すチャンスをねらっていたのだろう。 そのような事例は歴史をひもとけばいくらでもある、とクルーゼは心の中で呟く。 「もっとも、プラントは同じ愚を犯すつもりはないようだから……あのように、全面的な戦いにはならない……と思いたいのだがね」 宇宙空間では、プラントの方が優勢だ。パトリック・ザラが月面の地球軍の拠点を壊滅させたことが、功を奏しているのは皮肉だとしか言えないかもしれないが。 問題は地上でのことだろう。 三年前の条約で、ザフトはわずかな拠点を残して地球から撤退したらしい。 もっとも、オーブが間に入っていたから、かろうじて均衡が保たれていた、というのは資料からでもわかった。 しかし、そのオーブの行く先が不穏なのだ。 カガリ一人では、体勢に逆らいきれないだろう。 そうなれば、どうなるか。 もっとも《カガリ》個人に関しては心配がいらない、とわかっている。それこそ《彼等》がどのような手段を使ってでも地球連合に利用させないよう対処するだろう。 「それに……ナチュラルにも今度の行為を非難するものがいるのだそうだ。だから……大丈夫だと思うがね」 気休めかもしれない。 それでも、キラの心が少しでも軽くなるならかまわないのではないか、とクルーゼは思う。 だからといって、彼が決して弱いわけではないのだ。 ただ、誰かを傷つけることを根本的に否定しているだけなのだろう。しかし、そうしなければいけないとわかれば、それこそ鬼神のような動きを見せる。 だが、そのような状況にならなければいい、とも思う。 確かに、キラは強い。しかし、その強さと裏腹に、彼の心は優しすぎるのだ。その優しさ故に、戦うことで傷を増やしてしまう事がわかっている。 しかし、いずれ彼の力を必要とする日も来るだろう。いや、かならずその日はやってくるとクルーゼは考えていた。 前の戦争で失われたものが、それだけ多いのだ。 「だから、君は自分でどうするかをゆっくりと考えるがいい。どのような結論を出したとしても……誰も君を非難しないからね」 それまでは、自分が彼の盾になろう。 今、こうしていられるのは、彼が自分に新しい命をくれたからだ。そのために彼が払ってくれた犠牲に比べれば、そのくらい何でもないことだろう。ギルバートもそう考えている以上、彼に何の遠慮もいらない、とも考えている。 「そうだと、いいですね」 キラが小さな声で呟く。 「大丈夫だよ」 その背中を、クルーゼは優しくなでてやった。 いつまで待たされるのだろうか。 状況を知らされてしまえば文句は言えない。いや、いきなり押しかけた自分が放置されるのは仕方がないことだ、と思う。 だからといって、この緊張感に耐えられるかというと別問題だ。それが、軍人として正規の訓練を受けたものだとしても、だ。 アスランは小さくため息をつくと立ち上がる。 「何か?」 一緒にいたオーブの駐留員がこう問いかけてきた。 「顔を洗ってきます」 せめて、気分を一度リフレッシュしたい。そう思ってこう告げた。これには彼も反対できないらしい。 「……せめて、何かあったかがわかれば……」 こう呟きながら、彼はオーブ大使館と連絡を取ろうと再び努力を始めた。それが難しいだろう事はアスランにもわかっている。ここのシステムは彼よりもアスランの方がよく理解しているのだ。 もっとも、あれから多少は変わっているのかもしれないが、とアスランは心の中で呟く。それに、それを指摘しても彼は耳を貸してくれないのではないか、とも思うのだ。 「……何が起こっているのか知りたいと思うのは……俺も同じだけどな」 キラのことを第一に考えたい……というのは間違いようのない事実だ。 しかし、地球に残った彼等も、自分にとっては大切な《友人》である。その安否ガキになったとしても当然だろう。 「俺はもう……誰も失いたくないんだ」 あの時のような思いはもうごめんだ、と心の中で呟く。 「だから、無茶だけはしないでくれ」 バルトフェルドが付いているから大丈夫だとは思うが……と思いながら、アスランは顔を上げる。そうすれば、鏡の中に情けない表情の男が映っているのが見えた。 「そんな表情じゃ、誰も守れないだろう、アスラン・ザラ」 苦笑とともにそう告げる。 「俺は、キラを守るんだ」 そのためにここに来たのだから、と表情を引き締める。 「ともかく、戻らないとな」 いつまでもここでぼーっとしているわけにはいかないだろう。第一、いつ、ギルバートからの連絡が来るかわからないのだから、とアスランは心の中で呟いた。 そのまま通路に出たときだ。 「アレックス君?」 不意に声がかけられる。視線を向ければ、周囲を警護の者に囲まれたギルバートの姿が確認できた。 「すまなかったね。どうやら待たせてしまったようだ」 この言葉に、アスランはすぐに首を横に振ってみせる。 「いえ。事情はわかっておりますので」 だから、自分のことは気にしなくていいとアスランは言外に告げた。そうすれば、ギルバートの口元に微笑みが浮かぶ。 「そう言ってもらえてありがたいね」 実際には疲れているだろうが、そうは感じさせない口調でギルバートはこう言った。その精神力は見習わなければいけないのではないか、とアスランは思う。 「……そうだね。このお詫びに、夕食をご一緒にどうかね?」 君もまだだろうと問いかけられて、ついつい首を縦に振ってしまった。次の瞬間、アスランはしまったというように顔をゆがめる。 「若いね。では、そのように」 オーブの駐在員にはこちらから伝えておこう……と、口にしながらギルバートは意味ありげな表情を作って見せた。 と言うことは、それは口実で別の理由があるのだろうか。 アスランはそんなことを考えてしまう。 「では、おつきあい頂けるかな」 おそらくそれは《キラ》に関係している事ではないか。そう判断して、アスランは首を縦に振って見せた。 |