今のキラの状況でも、この圧倒的な戦力差を覆すことは不可能だと言っていい。
 次第に追いつめられていた。
 このまま、自分の願いを叶える前に死んでしまうのだろうか。そんな不安をキラは抱く。
 それでも、最後まではあがかなければいけないだろう。
 自分を信じてくれた人たちのためにも、生き残るための努力をしなければいけないだろう。
 少しでも長く。
 そう考え直して、キラはスロットルを握り直した。
 そんなキラ――フリーダムを敵の中の一機がロックする。
 完全にそれをよけることは不可能だ。なら、少しでも被害を小さくして反撃を試みるしかない。
 キラがそう覚悟を決めたときだ。
「……誰?」
 目の前に深紅の機体が現れる。それは、先日、ストライクを攻撃してきた機体によく似ていた。
「まさか……」
 キラがこう呟いたときだ。
『こちらザフト軍国防本部直属特務隊――アスラン・ザラだ。聞こえるか《フリーダム》……キラ・ヤマトだな』
 通信機から、何よりも聞きたくて誰の声よりも聞きたくなかった声が響いてくる。
「……アスラン……」
 どうして彼がここにいるのだろう。
 キラが生きているから、自分の手でとどめを刺しに来たのだろうか。
 それとも……とキラは悩む。
『話したいことは、たくさんある……だが、今はそれどころじゃないだろう』
 それは彼も同じだったらしい。どこかためらうかのようにアスランはこう告げる。
「それは……ザフトの指示?」
 ならば納得できるかもしれない。あちらにしても、まだ《オーブ》を失うわけにはいかないはずだから。キラはそう考える。
 しかし、アスランからの答えは違った。
『いや……これは、俺自身の意志だ!』
 アスランは何を言っているのだろう、とキラは思う。
 だが、それを考えている場合ではないこともまた事実。そう判断をしてキラは再び意識を戦闘へと向けた。

「僕は……君の仲間――友達を、殺した……でも、僕は彼のことを知らない。殺したかったわけでもない……」
 二人きりの空間。そこでキラは冷静な口調を作りながら言葉をつづっている。
「……君も……トールを殺した……でも、君もトールのこと知らない……殺したかったわけでもないだろう?」
 これが最後の機会かもしれない。そう思えるのだ。だから、せめて自分が考えている事を全てはき出してしまおう。キラはそう考えていた。
「俺は……《お前》を殺そうとした……」
 今まで黙って聞いていたアスランが、ぽつり、とこう呟く。
「……僕も、さ……アスラン」
 怒りに目がくらんで、決して銃口を向けてはいけない人に銃口を向けてしまった。あの時、素直に殺されていれば……とそんなことすら考えてしまう。
「戦わないですむ世界ならいい……そんな世界にずっといられたなら……」
 どんなにか良かっただろう、と。それが逃避と言われようとなんと言われようと、少なくとも、彼のと関係がこじれることはなかったはずだ。幼い頃の幸せな思いのまま、過ごせたに決まっている。
「このままじゃ……本当にプラントと地球は、お互いに滅ぼし合うしかなくなるよ……」
 だが、自分はもう現実を知ってしまった。
 そして、自分が何をするべきなのかもわかってしまった。
「だから、僕も戦うんだ……例え守るためにでも、銃を撃ってしまった僕だから……」
 守るために戦う、とキラは苦しげな口調でつげる。
「……キラ……」
「僕たちもまた……戦うのかな」
 それが、自分の選んだ道だ……と言ってしまえばそれまでだろう。そして、その道を一緒に歩いてくれる人達もいる。だから、それで我慢しなければいけないのだろう。それはわかっていた。
 だが、できればもう二度とアスランと戦いたくない、とも思ってしまう。
 しかし、彼は《ザフト》の軍人だ。
 それを変える気はないだろう。いや、変えられないのではないか。彼がどうして《軍人》になったのかを知っている以上、そう考えてしまう。
 そして、自分たちが歩こうとしている道は間違いなく、  それでも、彼と戦いたくないのだ。
 わがままと言われてもいい。
 これだけは譲れない、とキラは心の中で付け加えた。
 その時だ。
 周囲に警報が鳴り響いた。
 どうやら、また地球軍が攻撃を仕掛けてきたらしい。そうであるのならば、自分は出撃をしなければいけない。
「キラ?」
 そう考えて立ち上がったキラに、アスランが声をかけてくる。
「君と話ができて、良かった」
 これ以上、アスランをここに縛り付けてはいけない。それに、彼と話ができて嬉しかったことは事実だ。だから、微笑みを浮かべてこう告げる。
 少なくとも、どうして自分たちがあの時殺し合わなければいけなかったのか。それをアスランもわかってくれたような気がしたから。アスランにとって彼が大切な存在であったように、自分にとってトールがどんな存在だったかを、理解してもらえた、と考えるのは楽観的すぎるだろうか。
 だが、心が軽くなったことだけは間違いなく真実だった。