地球軍がプラントに向けて撃ってきた核ミサイルは、かろうじて撃墜できた。その事実に、ギルバートは小さく安堵のため息をつく。 「まさか……あちらがこれほどまでに早く、行動を起こすとはな」 それも、これだけ大規模で……とギルバートは呟いた。 「混乱に乗じて、我々を消し去ろうとしたのだろうよ」 いつの間にか側に寄ってきていたクルーゼが苦笑とともに言葉を返してくる。 「今であれば、どのような条約違反も、地球上にいる者達なら見て見ぬふりをする、と判断したのだろうな」 ユニウスセブンを落下させたのは《コーディネイター》だ。 だから、全てのコーディネイターにその責を負わせなければいけない。 そんな主張が、今だからこそ人々に受け入れられるのだ、と彼はさらに囁いてくる。三年前のあの時、パトリック・ザラの考えが、プラントを支配したよう、と。 「そうかもしれないな」 あるいは、それすらもあの一件の目的だったのではないか。そんなことすら考えたくなってしまう。 「……どちらにしても、我々から積極的に仕掛けることはしてはなるまい」 それでは、あの日々の再現だ。 いや、それ以上の惨劇が待っているのではないか、とギルバートは思う。 「それを、民衆が受け入れてくれるか、だな」 ギルバートだけでは難しいのではないか、と言外に告げられて、小さくため息をつく。それは自分も自覚していることだ。 「仕方があるまい。あの方に……顔だけでも出して頂こう」 彼女の《声》であれば、誰もが納得するだろう。それだけの行動を彼女は取ってきたのだ……と付け加えれば、クルーゼは納得したらしい。 「本当なら……キラ君が一番適任なのだろうが……」 「……彼のことを調べ上げられても困る、か」 彼が《ストライク》のパイロットであったことはいい。いくらでも言い逃れをする方法はあるのだ。 しかし、とギルバートは心の中で呟く。 もう一つの秘密は、何が何でも、守らなければいけない。最悪の場合、彼は《実験材料》にされかねないのだ。 「あの方なら、心配はいらないだろう。連絡が取れれば、の話だが……お前のことだ。しっかりとホットラインを確保してあるのだろう?」 違うのか、と問いかけられて、ギルバートは意味ありげな微笑みを浮かべる。 「ならば、心配はいらぬであろう。後は……我々の動きだけだな」 言葉とともに、クルーゼは額にかかる前髪をかき上げた。そうすれば、仮面で隠すことをやめた秀麗な容貌があらわになる。 「……邪魔だな、こうしてみると」 仮面を付けているという違和感を少しでもごまかしたくて、髪を伸ばしているのだ、と聞いたことがあったな、とギルバートは意味もなく思い出す。 しかし、自分はその髪に触れるのが好きなのだ、とも。 「切るなよ。私はその髪が好きなのだから」 このような場では不謹慎だ、とは思いながらもギルバートはこう囁く。 「……議長閣下」 そうすれば、予想通りあきれたような声が返ってくる。 「キラ君の側に行ってあげてくれないか。このような状況だ。万が一のことがあってはいけない」 それに言葉を返す代わりにギルバートはこう口にした。 「それに……先ほどの警報だ。不安に思っているかもしれない」 さりげなくこう付け加えれば、クルーゼは仕方がないというようにため息をつく。 「ごまかされてやるのは今回だけだぞ」 そして、こんなセリフを口にする。しかし、彼もキラのことを心配しているのは言うまでもない事実だろう。 「ごまかしではないのだがな」 この言葉に、彼は何の反応も返すことなくきびすを返した。 「……そこまで、お馬鹿でしたの……あの方々は」 バルトフェルドとマリューから話を聞いたラクスが、あきれたようにこう呟く。 「まぁ、プラント本国には被害はないそうだが……」 ギルバートから内々に協力要請が来ている、と彼は付け加える。その内容は聞かなくても想像が付いた。 「そちらに関しては、後で直接お話しした方がよろしいですわね。お願いしてかまいませんか?」 内々に、プラント本国と連絡を取りたい。必要があれば、国民に向けてメッセージを伝えることもやぶさかではない。あるいは、それまでの時間に準備をしておくべきだろうか、とラクスは考えていた。 「できるだけ早急に段取りを整えましょう」 バルトフェルドにしてもその方がいいと判断しているらしい。あるいは、口ではこう言いながらも、既に根回しをしているのかもしれない、彼は。 「任されましょう」 にやりと笑うと頷いてみせる。 「それでは……問題は、こちらの方でしょうね」 マリューの言葉に、バルトフェルドだけではなくラクスも表情を引き締める。 「……あちらの方は、情報を流して早々に出航するようにさせた方がいいだろうな。フォローは、難しいだろうが……」 それでも、彼等もザフトの軍人なのだ。事前に状況がわかっていれば対処もとれるだろう。 「……カガリさんについては……強引な方法をとらざるを得ませんわね」 一番の問題はこれなのだ。 それはこの場にいる三人だけではなく、他の者達も同じ気持ちだろう。 「それが……オーブという国を連合に組み込もうと言うだけならまだ対処の取りようもあるのでしょうけど……」 もし、あちらに《キラ》の存在が伝わっているのであれば、そして、彼とカガリの関係が知られているのであれば、問題はさらに複雑になってしまうのではないか。 「ご本人が望んでいらっしゃるのであれば、妥協もしますけれど」 そうではないのだろうとラクスは判断している。 彼女を縛っているのは《オーブ代表首長》という立場なのではないか。国と国民を盾に取られては、動きがとれなくなったとしても仕方がない。 そして、彼女がそのような立場に着いたのは、間違いなく《キラ》を探すためだ。そして、彼を守れるための力と安心して暮らせる場所を作ろうとしたからだ。 そんな彼女の気持ちに共感したからこそ、自分たちもまた、この場に集まっていた。 しかし、それが彼女を不幸にすると言うのであれば、この場を捨ててもかまわないのではないか、とラクスは思う。 「……そう言えば『卒業』という古い映画がありましたわね」 ふっとこんなセリフを口にする。 「ラクス?」 それがどうしたのか、とバルトフェルドは問いかけてきた。しかし、マリューにはラクスが何を言いたいのかわかったらしい。 「……本当は、その役はキラ君にやって欲しいところですが……妥協するしかないのでしょうね」 小さな笑いを漏らしながらこう呟く。 「仕方がありませんわ。結果が重要ですもの」 そんな彼女に、ラクスも微笑み返す。 「そう言うことですので、準備をお願いしてかまいません?」 カガリを連れ出すための手段を、と付け加えれば、バルトフェルドも苦笑とともに頷いてみせる。 「みんなを、集めますね」 マリューのこの言葉を合図に、彼等は行動を開始した。 |