「シン……いい加減寝ないと、明日の勤務に差し支えるぞ」
 隣のベッドの上に座ったまま動かない彼に、レイはこう声をかける。
「任務なんて……」
 あるわけないだろう、とシンは言葉を返してきた。
 艦の修理が終わらない以上、出撃するなんて事があるわけないのだ、という彼の意見はもっともかもしれない。
「それでも、訓練はさぼるわけにはいかない」
 いつ、どのような状況になるかわからないのだから……と付け加えれば、シンは悔しそうな表情を作った。
「わかっている……でも、眠れないんだ」
 いろいろと考えてしまって……と付け加えるシンの声に、レイは何故か、あのころのキラと重なるものを感じてしまう。
 彼もよく『眠れない』と言って、艦内をふらふらしていた。しかし、あのころは今と違っていつ戦闘が始まるかわからない状況だった。
 だから、無理矢理部屋に連れて行ってベッドに押し込んだこともよくある話だった。
 そんなとき、彼はよく話をして欲しい、と言っていたな、とレイは思い出す。そうすれば、余計なことを考えずにすむのだ、とも。
「……眠れないなら……話でもするか?」
 こう声をかければ、シンは驚いたように視線を向けてきた。
「話しているうちに眠れるかもしれないだろう?」
 そう言っていた人もいたしな……とレイは付け加える。
「議長が?」
「いや……キラさんだ……前の戦争の時に、よくうなされていたからな」
 そう言うときは、彼が眠るまでたわいのない話をしていたのだ、とレイは言葉を返す。
「……そう、なんだ……」
 まさか《キラ》の事だとは思わなかったのだろう。どこか呆然とした口調で彼は頷いている。
「……お前は……何で、ザフトに入ったんだ」
 それでも何かを感じ取ったのだろうか。こう問いかけてきた。
「議長のためか?」
「……それもある。もっとも、あの人は俺が守らなくても自分で自分を守れる人だがな」
 でなければ、あの時期にあの人から離れたりしなかった。いくらあの人が望んだからといっても、だ。
 いや、本音を言えば、何が何でも離れたくはなかった。
 それでも離れたのは、彼の望みだということと《キラ》がその先で待っていたからだ。
 彼の手助けをしてやって欲しい。あの戦いの中で、彼は知らなくてもいい真実にたどり着いてしまうかもしれない。その時に《キラ》を支えられるのは《自分》だけだといわれては逆らえなかった。
 そして、あの戦いの終わりに彼は姿を消してしまった。
 自分自身のではなく、ギルバートの願いを叶えるために、だ。
「他には、どうしてなんだ?」
 シンがどうしてオーブからプラントへと移住し、アカデミーへと入学をしたかレイは知っている。だからこそ、自分は入学した理由を彼に伝えたことがなかったんだな、とレイは思い出した。
「……キラさんを、探すためだ」
 民間人であれば自由に宇宙を飛び回ることはできない。
 だが、ザフトの軍人であれば、それが許される立場になれる可能性があった。
 それを知ったとき、レイはためらうことなくアカデミー入学を決めた。ギルバートもあえてそれを止めなかったのは、レイの気持ちを知っていたからだ。
「あの人とまた、一緒に過ごしたい。それが願いの一つだったからな」
 自分に力があれば、戦場に出て行く彼――彼等の背を見送らなくてすんだかもしれない。そう思っていたこともレイは否定するつもりがなかった。
「……そうか……」
 複雑な声がレイの耳に届く。
「みんな、未来のために力を得ようとしていたんだな」
 それが叶えられたのかどうか、誰にもわからないかもしれないが、それでも……と小さな声で呟く。
「そうだな」
 カガリですら、現実とのギャップに苦しんでいる。
 シンもそうだろう。
「だからこそ、毎日、訓練を積み重ねていかなければならないんじゃないのか?」
 この言葉に、シンが小さく頷くのがわかった。

 人前に出るのは、どうしても苦手だ。
 まして、呼び出された場所が場所である以上、萎縮するしかないだろう。
 ギルバートの執務室で身を縮めながらキラは小さなため息をついた。
「……早く、戻ってきてくれればいいのに……」
 最近忙しいらしいギルバートやクルーゼに会えるのは嬉しい。しかし、こんな時に、自分は何の手助けもできないと見せつけられるのは悲しいと思ってしまう。
 自分に力があれば、あるいは……と考えなくもない。しかし、ギルバート達はあえてキラを《戦い》から遠ざけようとしているらしいのだ。
 その理由はわかっている。
 そして、その気持ちはありがたいとも思う。
「それでも……僕は……」
 守られてばかりいるだけではいけないのではないか。
 もっとも、再び戦いの場にいけと言われて素直にうなずけないことも事実ではある。それでも、と考えてしまうのは、自分が一度は、この手に一度銃を握った人間だからだろうか。
「議長から、もう少しお待ちくださいと伝言がありました」
 彼の秘書官の一人がこう口にしながら、キラの前に紅茶を差し出してくれる。
「そんなに……大変なのですか?」
 今の状況は……とキラは彼に問いかけた。そのキラに向かって、彼が不審そうな視線を向けてくる。
「ギルバートさん達は……僕に、何も教えてくださらないので……」
 思わず言い訳のようにキラはこう告げた。
「入院していたせいかもしれませんが……」
 さらに言葉を重ねれば、彼は納得したらしい。
「地球の被害は……大きなものだったと言っていいかもしれません。ですが、議長が行われた援助で、かなりの方が救われたはずなのですが……それでも、テロリストがコーディネイターだったということで、我々の自作自演ではないか、と疑っている者もいます」
 そのせいで、地球連合がきな臭い動きを見せているのだ、と彼は口にする。
「あるいは……これを機会に、我々からまた搾取しようとしているのかもしれません」
 プラントでも、地球連合を撃つべしと言うものもいるのだとか。
 ギルバートが《是》といわないからこそ、それが実行に移されることはないのだ、と、彼はさらに言葉を重ねた。
「ギルバートさんは……誠実な方だから……」
 そして、何よりも戦いを嫌っているはずだ、彼は。
 だから、自分から仕掛けることはないだろう。
「あちらの方が耳を傾けてくれればいいのに……」
 キラがこう呟いた、まさにその瞬間だ。周囲に警報が鳴り響く。
「……何?」
「確認して参ります。ここから動かないでくださいませ」
 彼はこう言い残すと、足早に部屋を出て行った。その後ろ姿を、キラは不安な気持ちで見送る。
「また……戦いが始まるのかな……」
 この呟きは、誰の耳にも届かなかった。