「……ミネルバの修理はどうなっている?」
 ようやく時間を見つけてドックへとやってきたカガリは、マードックにこう問いかけた。
「船体の方はほぼ完了しましたぜ。もっとも……あれに関しては、資材が足りませんし、OSのロックもはずせませんから、当分かかると思いますがね」
 この言葉に、カガリは小さく頷いてみせる。
「あれを……引き取れればいいんだがな。それは……難しそうだ」
 もう時間がない、とカガリはため息をつく。
「……そこまで?」
「悔しいよ……自分自身に、何の力もない、と言うことが」
 こうして、本音を漏らすことができるのは今となっては、あの日々をともに戦い抜いた者達だけだ。しかも、彼は自分が《代表首長》になってからも態度を変えない数少ない人間の一人だ。だからついつい甘えるかのようにこう呟いてしまう。
「嬢ちゃんはがんばっている。ただ、古タヌキどもの方が一枚も二枚も上手だ、というだけだって」
 そうすれば、あの口調でこう言い返してくれる。
「……すまない」
 愚痴を言うつもりはなかったのだ、とカガリは謝罪の言葉を口にした。
「かまわないですぜ。むしろ、どこかでガス抜きをしねぇと、あのころの坊主みたくなっちまう」
 そちらの方が問題だろう、とマードックは笑う。
「ですから、無理だけはしねぇでくださいよ? 退くこともまた、一つの方法だと思いますぜ。反撃のチャンスはかならず来るもんですし」
 まぁ、釈迦に説法でしょうが、といわれて、カガリは首を横に振ってみせる。
「ともかく、戦闘に耐えられる程度には修理を急がせてくれ。バルトフェルド隊長が掴んだ情報次第では……一両日中に出航してもらわなければならないだろうな」
 そして、ため息とともにこう告げた。
「マジ、ですかい?」
 さすがに、これには驚いたのだろう。マードックは目を見開いた。だが、すぐにいつもの表情に戻る。
「まぁ、無茶は俺たちの専売特許みたいなもんですからな。任せておいてください」
 あのころよりも、資材が手元にあるだけマシだ、と彼は口にした。
「そうだな……少なくとも、あいつらを戦えない状況で出航させることだけはしなくてすみそうだしな」
 逆に言えば、それだけしかしてやれないのだ。
 しかも、自分が掴んだ情報が正しければ、その先にいるのは間違いなく彼等の《敵》であるはず。
 そして、元に戻ることも許されないのではないか。
 自分たちのために命をかけてくれた存在に対し、どうしてそのような行為ができるのか。そう考えれば腹立たしい。
 それ以上に腹立たしいのは、何の力も持たない自分だ。
「いざとなれば、バルトフェルド隊長が動いてくださるでしょうし……嬢ちゃんには、俺たちも付いていますから」
 それは、オーブという国に関わりないことだ、とマードックは口にする。
「ありがとう」
 その気持ちだけで、まだ自分はがんばれそうだ。カガリはそう思って微笑んだ。

「……アレックス・ディノが?」
 その報告に、ギルバートはかすかな笑みを浮かべる。
「そうか。彼が、ね」
 どうやら、彼は選択をしたらしい。その理由は、間違いなく《彼》だろう。そうでなければ、この状況で彼がプラントへとやってくるはずがないのだ。
「いかがなさいますか?」
 面会をするか、それとも追い返すか。
 秘書官がギルバートに判断を求めてくる。
「時間は、とれそうかね?」
 公式に面会を求めてきたのであれば、とりあえず公務の時間内に話を聞くべきだろう。しかし、現状ではそれが可能だろうか。
「評議会の後でしたら……時間がとれるものと」
 端末を操作してギルバートのスケジュールを確認していた彼がこう言葉を返してくる。
「仕方がないね……と言うことは、今日も自宅で夕食を取るのは難しいか」
 そう言えば、ここ数日、キラ達の顔を見ていないな……と心の中で呟きながら言葉を口にした。
「申し訳ありません」
「いや、現状では仕方がないだろう」
 何とかして全面戦争という事態だけは避けなければいけないのではないか。
 万が一の事態になっても、プラントを守らなければいけないだろう。そして、近いうちにオーブを追われることになりそうな同胞達も保護できるようにしなければいけない。
 しなければならないことは次から次へと出てくるのに、体は一つしかないのだ。
「せめて、食事ぐらいは……と思ったのだよ」
 クルーゼも既にザフトへの復帰が決定している。現状では、彼の能力が必要だ、と言うことが処罰よりも優先されるらしい。その事実はありがたいと思う。
 しかし、それは同時に、あの屋敷に《キラ》を一人にしてしまう、と言うことでもあるのだ。
「あの方ですか?」
 キラという存在は目の前の相手にも伝えてある。だから、ギルバートが何を言いたいのかわかったのだろう。穏やかな微笑みを浮かべながら彼はこう問いかけてきた。
 苦笑とともにギルバートが頷けば、彼は何かを考えるような表情を作る。
「……許可さえいただけるのでしたら……こちらにいらして頂いてお食事をともにできるよう、手配をさせて頂きますが?」
 もちろん、その後はしっかりと送り届けさせて頂く、と彼は付け加えた。
「そうだね……たまには、それもいいかもしれない」
 ついでに、アスランとクルーゼも誘えば、キラが喜ぶのではないか。ギルバートはそう考える。
 クルーゼは、この後の会議に呼び出されていたはず。ならば、その際に誘えばいいだろう。
「なら、アレックス氏も一緒に」
 個人的にも面識があるからね、と告げれば、
「そのように手配をさせて頂きます」
 即座にこんな言葉が返ってくる。
「では、頼もう」
 打てば響くような反応を返してくれる彼が気に入っていると言っていい。そして、その判断力も疑う余地はない。
 彼に任せておけば、きちんと段取りを整えてくれるだろう。
 そう考えて、ギルバートはこう口にした。
「お任せくださいませ」
 彼は微笑みながらこう告げる。
「では、お時間ですので、議長は議場の方へとお向かいください」
 その言葉に、ギルバートは頷く。そして、腰を上げた。