「そうだな……それがいいだろう」 アスランの言葉に、カガリはあっさりと頷いてみせる。 「今、お前の側から離れるのは不安なんだがな」 それでも、キラを優先させて欲しいのだ、とアスランは告げた。その代わり、ラクス達が動いてくれるはずだ、とも付け加える。 「それは……別の意味で怖いがな」 だが、信頼できる……と、彼女は迷いのないのない瞳で付け加えた。 「……ただ、ラクスが動くのは……もう少し後にしてくれると嬉しいな」 もう少し、あがいてみたいんだ……と告げる彼女の言葉の裏に隠されているのは、他の首長達との確執だろうか。 「それに関しては……任せても大丈夫だろうとは思うが……」 やはり、自分が今この場を離れるのは得策ではないのかもしれない。アスランはそう思ってしまう。 「奥の手は最後まで隠しておくものだしな」 そんなアスランのためらいを吹き飛ばすかのようにカガリは笑顔を見せた。 「だから、心配するな。こちらも、あれこれ根回しが終わったところだ」 アスランはかまわないから、キラのところへ行け、と彼女はアスランの肩を叩く。 「お前が優先しなきゃないのは、私の事じゃないだろう?」 そのままアスランを突き飛ばすようにして、カガリは言葉を重ねてきた。 「ついでに、プラントがこの事態をどのように収拾しようとしているのか、議長にお聞きしてこい」 そして、地球連合とどう向き合っていこうとしているのかも、だ、とカガリは付け加える。そういう名目なら、アスランが向こうに行っても誰も気にしないだろう、というのだ。 「……カガリ……」 「ただし、かならず帰って来いよ! わかっているとは思うがな」 一人ではなく二人で、という彼女にこれ以上何を言っても無駄だろう。 「わかった」 第一、自分だってキラの側に行きたいという気持ちはもう押し殺せないのだ。 「でも、俺がいないからと言って、一人で突っ走るな。できるだけラクス達に相談してくれ」 もっともそれは難しいだろう、と言うことはアスランにもわかっている。それでも、一人で悩むくらいならそうしてもらった方がいいのではないか、と思うのだ。 「それで……お前が安心できるというならな」 できるだけ、そうするさ……とかがりは笑った。 「……私は私だ。それを変えるつもりはない。それだけは……約束をする」 カガリの言葉の裏に見え隠れしている決意は何なのだろうか。 そこまではアスランにもわからない。 「無理だけはするな……キラが、悲しむ」 ただ、それでも釘だけは刺しておこう。もう、彼女のフォローをすることは難しいだろうから、と。 「わかっている」 こう言って微笑むカガリの表情は、キラのそれによく似ているように思えた。 「お元気そうで、何よりですわ」 ふわりと微笑みながら、ラクスは言葉をかけてくれる。 「ラクス様も……お元気そうで何よりです」 ラミアスから告げられた住所に足を運べば、そこにはラクスがいた。いや、彼女だけではない。ここにはバルトフェルドもともにいる。それが誰の配慮であるのかレイにも推測ができた。 「わざわざ足を運んで頂いて申し訳ありませんでしたわ。私が、あちらに出向くわけにいきませんでしたもの」 違いまして、と問いかけられて、レイは素直に頷く。 事前にある程度のことを知らされていた自分であればともかく、何も知らない者達ではパニックになるだろう。ミネルバのクルー達の顔を思い浮かべながらレイはそんなことを考えてしまった。 「実は、お願いと……お渡ししたいものがありましたの」 言葉とともに、ラクスはさらに微笑みを深める。 だが、その表情を表面通りに受け止めてはいけない。その事実をレイは知っていた。 「マリュー様からお話は聞いておりますし、カガリさんがあれこれがんばっていらっしゃるようですが……この国にも、ブルーコスモスの支配者の手が伸びてきているのですわ」 だから、いつまでも安全だとは限らないのだ、と彼女は悲しげに告げる。 「ラクス様……それは私ではなく……」 「本来であれば、艦長にお話ししなければいけないことはわかっています。でも、面識がございませんもの」 それに、と彼女は微妙に表情を変える。 「私は、貴方の判断力を信じておりますわ。ですから、貴方にお任せしよう思いましたの」 その言葉は、自分を信頼してくれているからのものだ。表面だけで受け止めればそう感じられる。しかし、そうではないはずだ。 「……怖い方ですね、貴方は……」 こう呟けば、ラクスはさらに笑みを深める。 「皆様、そうおっしゃいますのよ。どうしてなのでしょう」 そして小首をかしげる彼女に、レイは返すべき言葉を見つけられなかった。 出かけるというレイに付き合って出かけては見たものの、人が多い場所には行きたくない。いないとは思うが、かつての隣人達の顔は見たくなかったのだ。 だからといって、ミネルバに戻る気もしない。 一人であそこにいれば、何をしでかすか……自分でも自信がなかったのだ。 仕方がなく人のいない方、いない方へと進んでくれば、綺麗に整備された公園へとたどり着いた。 「……ここは……」 しかし、シンの記憶の中にある光景はこんな綺麗なものではなかった。 硝煙と瓦礫と……そして血臭。 目の前には家族の無惨な姿。 呆然としていた自分の瞳をに映ったのは、白と青の機体。 「こんな……」 あの人に対する憎しみはない。しかし、こんな風にあの惨劇がなかったかのように覆い隠そうとする者達に対してのそれは別だ。 「こんな偽善を……」 アスハは、あの女は許可したというのか。 それとも、誰か他の誰かが行ったのか。 お守りのように持ってきた妹の携帯をシンは無意識のうちに握りしめてしまった。 その時だ。 「……歌?」 優しいそれは、この地でなくなった人の魂を慰めようとしているのだろうか。それとも別の理由からか。だが、間違いなくシンのささくれだった心を慰めてくれた。 それは、キラの声に似ているかもしれない。 こんな事を考えながらシンは声の主を捜して歩き出す。 岬の先に何かの碑がある。その前に一人の女性がたたずんでいるのが見えた。 つややかな桜色の髪をなびかせ、彼女は歌を唇に乗せている。 その顔立ちは《キラ》とは違う。だが、何故か彼女が身にまとっている空気はキラのそれとそっくりだ。 それはどうしてなのだろうか。 シンにはそれがわからない。 だから、それを確かめたい……と思って彼は一歩前に足を踏み出した。 それが彼女の意識を自分に向けさせたのか。その瞳がシンに向けられる。 「……慰霊碑、ですか?」 何故か、シンはこう口にしていた。 「そうですわ」 彼女は優しく微笑む。 「私たちが、ここで亡くなられた方を忘れないように……愚かな自分を忘れないように……そのために建てられたものですわ」 その口調は優しい。だが、その言葉は…… 「罪を犯さずに生きられる方はおりませんもの……大切なのは忘れないこと。そして、愚かさを許せることなのかもしれませんわね」 目の前の人物の言葉が、シンの中で何かを生み出そうとしていた。 |