「どうなさいますの、アスラン?」
 ラクスのこの問いかけに、アスランは小さなため息をつく。
「相変わらず、怖い方ですね……貴方は」
 彼女を、見た目だけで判断してはいけない。そして、普段の言動だけでも、だ。
 そのことを、アスランはあの日々に学んだ。
 だが、改めてその事実を目の前に突きつけられてしまえば、こう口にするしかできない。
「あら……当然のことですわ」
 キラを守るためには……とさらりと付け加える彼女は、自分が知らない《何か》を知っているのだろうか。
「ラクス……」
 キラのことであれば何でも知っていたい、とアスランは思う。
「……人にはそれぞれになうべき役目がありますわ。貴方の役目は、キラの一番側であの方を守ること。そのためには、知らない方がよいこともあるのではありませんの?」
 その言葉の裏に隠されている意図にアスランが気づかないわけはない。
「……それほど、重い秘密なのですか。キラに隠されているものは」
 キラに関わることで情報交換を拒まれる、と言うことは今までになかった。しかも、それは自分――あるいはカガリも、だろうか――限定なのだ、という。
 つまり、キラに『知っている者がいる』と悟られてはいけない内容なのか、とアスランは判断した。
「それを知られれば……キラはブルーコスモスにねらわれるでしょう」
 だから、詳しい内容を知っているのは、自分とギルバートを含めてほんの一握りの人間なのだ、とラクスは告げる。
「そうですか」
 今キラは、プラントでどのような暮らしをしているのだろうか。
 アスランはふっとそんなことを考えてしまう。
 ギルバートをはじめとして、クルーゼやそれにディアッカもいるのだから心配はいらない……と思いたい。それでも、三年のギャップをどれだけ埋められるだろうか。
「側に行ければいいのでしょうが……」
 今の状況では難しい。
 アスランの脳裏には、ミネルバから降り立ったときの光景が鮮やかによみがえっていた。
 カガリが戻ってきた瞬間、自分から引き離すように連れ去ったユウナ・ロマ・セイラン。そして、他の首長達の態度を考えれば、カガリに自分たちの考えを押しつけようとしているのはわかりきっていた。
 そして、彼等が地球連合とつながっているらしいことも、だ。
 この状況で自分がカガリの側を離れるのは得策ではないだろう、とアスランは思う。
「カガリさん、のことですわね?」
 ラクスはきっぱりとした口調で問いかけてくる。
「せめて、キサカさんがいてくだされば……安心できるのですが」
 彼は今、カガリの側にはいない。それどころか、オーブ軍でも閑職と呼ばれる地位にいるはずだ。カガリが何度も手元に呼び寄せようとしているのにもかかわらず、他の者達の横入りでだめになっている、と言うこともアスランは覚えていた。
 ほとんど孤立無援と言えるカガリの側から、今自分までもが離れるわけにはいかないだろう。
 アスランはそう考えていた。
「カガリさんのことは……私たちに任せて頂けませんか?」
 しかし、ラクスはそうではないらしい。
「ラクス?」
「……このままでは、オーブは遠からず地球連合に組み込まれてしまうでしょう。ですが、それに署名できる《代表首長》が何者かに誘拐されたら、どうなりますかしら?」
 にっこりと微笑みながら、ラクスはとんでもないセリフを口にする。
「……ラクス……」
「ご心配なく。カガリさんの立場は守って見せますわ。ですから、貴方はキラを守ってくださいませ。そして、私たちの元に連れてきてくださいね」
 ラクスのこの言葉にアスランは苦笑混じりに頷いて見せた。

「ごめんね……呼び出して」
 隣でハンドルを握っている相手に向かって、キラはこう告げる。
「気にすんなって」
 笑いながら、ディアッカは言葉を返してきた。
「クルーゼ隊長も今は非公式ながらザフトに復帰しているし……議長はもっとお忙しいからな」
 その代わり、自分は暇なのだ、と彼は笑う。
「でも……」
「頼むから『でも』と『僕なんて』は、なしな」
 キラの言葉を遮るかのようにディアッカは笑う。
「それに、お前に気分転換をさせろというのは議長とイザークからの命令だしさ……それに、ミリィにも頼まれているんだし」
 しかも、めちゃくちゃ長いリスト付きで……とディアッカは付け加えた。
「……ミリィから?」
「そうそう。お前が戻ってきてくれたことをメールで連絡したわけ。そうしたら、お前の様子を報告しろとさ」
 メールを送る口実ができたから、自分としては嬉しいのだ……という言葉に、キラは小首をかしげた。
「メールだけなら、いつでもできるんじゃないの?」
 少なくとも、自分が知っている彼女であれば、メールのやりとりは嫌いではなかったはず。キラはそう思ったのだ。
「あのお姫様はな、必要のないメールはいらない。そのくせ、メールを出さないと愛情がないって文句を言ってくれるんだよ」
 本当、難しい奴……と口にしながらも、ディアッカは楽しそうに見える。それとも、そうやって振り回されるのを楽しんでいるのだろうか、彼は。
「で、どこに行きたいって?」
「……ユニウスセブンでなくなった人の……お墓」
 ディアッカの言葉に、キラはこう告げる。
「おばさま――アスランのお母様のお墓に……」
 前々からそうしたかったのだ、とキラは付け加えれば、
「了解。そんなことだろうと思ってたけどな」
 調べてあるから、安心しろ……とディアッカはあっさりと言葉を返してきた。
「その後は……うまいケーキを食わせる店にでも行くか? ミリィの話だと、お前、そういうの好きだそうだしさ」
 こう言われて、キラは思わず頬を赤らめてしまった。
「ミリィったら……」
 否定はしないけど、でもあまり人に知られたくないのに……とキラは呟く。
「……本当は、イザークの方が適任なんだろうけどな、それに関しては」
 そんなキラに、ディアッカが笑いながらこんなセリフを投げかけてくる。
「イザーク、さん?」
「あいつ、甘い物が好きなんだよな。あぁ見えても」
 だから、プラント内でどこがうまいのかをよく知っている、という言葉に、キラは思わず目を丸くしてしまった。とてもそんな風に思えなかったのだ。
「今日も、あいつのお薦めだからな。期待していいと思うぞ」
 その前に、花屋に行って花を買わないとな……という彼に、キラは小さく頷いてみせる。
「こういう任務なら、毎日でもお願いしたいね」
 キラの反応に、ディアッカはさらにこう告げるとアクセルを踏みこんだ。