目の前の女性から、自分と同じ《何か》を感じ取るのは錯覚だろうか。
 タリアはモルゲンレーテの技術者を案内しながらそんなことを考えていた。だが、オーブの技術者が戦闘指揮を執ったことがあるわけないのだし……とすぐに思い直す。
 それでも、彼女との会話は今の自分にとってはためになるものだ。だから、なかなか会話を切り上げることができない。
「失礼します」
 その時だ。背後から聞き慣れた声が届く。
 視線だけで目の前の女性に合図を送ってから視線をそちらの方へと向けた。
「どうしたの、レイ?」
 きまじめな様子で敬礼をしている彼にこう問いかける。だが、普段はすぐにかえってくるはずの返事が戻ってこない。
 彼の視線は、まっすぐにモルゲンレーテの技術員へと向けられている。
「……ラミアス、艦長?」
 そして、呟くようにこう告げた。
 彼が口にした名前は、タリアも記憶の中にある。それは《アークエンジェル》の艦長として、タリア達の間でも既に伝説の人物として認識されている人間だった。
 他の誰かが口にしたのであれば、きっと間違いだろうと判断しただろう。
 だが、口にしたのが《レイ》であれば話は別だ。彼は、あの戦いの時にその場にいた人間なのだ。
「まさか、レイ君がザフトに入っていたとはね。ちょーっと驚いちゃったわ」
 彼女にしても同じ気持ちだったのだろう。こんなセリフを口にする。
「やっぱり、キラ君を捜すため、だったのかしら?」
 さらに続けられた言葉に、レイは素直に頷いてみせた。
「そう。それで、貴方がキラ君を見つけてくれたのね」
 ありがとう、と彼女――マリューはさらに笑みを深める。
「……俺が、そうしたかっただけです」
 キラを取り戻したかったのだ、とレイはいつもの口調で言葉を返す。だから、礼を言われることではない、と。
「それでも、キラ君がここで安心していられたのは、貴方のおかげでもあるのでしょう?」
 彼は人見知りだから……と告げる口調は、姉が弟に向けるものだ、と言われても信じてしまいそうなものだ。それとも、彼女の中ではそういう位置づけにあるのだろうか、とタリアは思う。
「……カガリさんも、アスランさんも、ご一緒でしたし……他にも、何人かキラさんの知り合いがいましたので」
 自分だけがキラのために尽力したわけではないのだ、と彼はさらに言葉を重ねた。
 このまま二人に会話を続けさせてもいいのだが、その前にレイが自分を呼びに来た理由を確認しなければいけない。
「レイ、何かあったの?」
 そう判断をして、タリアは口を挟んだ。
「申し訳ありません。副長が呼んでおられました……フリーダムのこと、だそうですが……」
 この言葉に、タリアは表情をこわばらせる。
 オーブがあれを引き渡せ、とでも言ってきたのだろうか。
「……マードックが先走ったのかしらね」
 しかし、マリューは苦笑とともにこんなセリフを口にした。
「マードックさんも、モルゲンレーテに?」
「この艦の修理は、彼が実務を担うわ。責任者は私、と言うことになっているけど」
 カガリの判断だろうと彼女は付け加える。自分たちであれば、この艦の機密を他に漏らさないと判断されたのではないか、と言う言葉に、タリアは納得をした。
 マリュー・ラミアスという人間に関しては噂でしか知らない。だが、レイの反応やカガリの判断からして、信用できるのではないかと思う。
「ともかく、行きましょう。おつきあい頂けますか?」
 後半はマリューへ向けてのものだ。
「そうさせて頂いた方がいいでしょうが……できれば、私の正体は内密にお願いしますね」
 少なくとも今は……と付け加えられた言葉から、彼女たちもいずれ行動を起こすのではないか、とタリアは判断をする。
 だが、それを指摘するべきではないだろう。
 望む世界が同じなら、いずれともに進む日も来るかもしれない。その日を待つべきだろうと、タリアは考えていた。

「何をしているのかな?」
 普通なら、既に消灯時間だろう。それなのに、今この病室は明かりが灯されている。
 それだけならばあえて何も言う必要がない。
 どうしても面会時間に来られない自分に何か話があったのではないか、と判断することができるからだ。
「……ちょっと、眠れなくて……」
 こう口にした言葉が嘘だ、と言うことは一目でわかってしまう。なぜなら、キラの膝の上には開かれたままのノートパソコンが置かれていたのだ。
「それを、信じろといわれて、信じられると思っているのかね?」
 苦笑とともに視線をノートパソコンに向ければ、キラはさりげなく視線をさまよわせる。どうやらいいわけが通用しないと判断したらしい。
「……眠れなかったのは本当です……なので、ちょっとと思ったのですけど……」
 ついつい熱中してしまったのだ、とキラは素直に口にした。
「でも、ここしばらく、体調はいいんです」
 だから、無理はしていないのだ……という言葉をどこまで信用すればいいのだろうか。そんなことも考えてしまう。
「そのようだね」
 少なくとも、そろそろ投薬は必要ではないらしい。ギルバートは医師からこう聞かされていた。
 だが、一度落ちてしまった筋肉はそう簡単に戻らない。
 あのころも同じ年頃の少年に比べれば華奢としかいいようがない体格の持ち主だった。
 それが今は、さらに顕著になっているのではないか、と思う。
 実際、レイに比べても一回りは細いはずだ。
 それを元に戻すには運動が必要だろう。だが、目の前の少年の性格を考えれば、誰かが側で監視していなければ無茶をするに決まっている。
「……さて……どうしたものかね」
 医師にそれを求めるのは難しいだろう。
 つまり、病院では不可能だと言っていい。
「……すみません……」
「何故、謝るのかな? 君を退屈させているのは私の都合だからね。気にすることはない」
 知り合いもほとんどいないこの地で、一人で病室に閉じこめているのは自分だろう、とギルバートは苦笑を浮かべる。
「まぁ、そうだね。退院して、私の家に来てもらった方が都合がいいかもしれない」
 自宅であれば、クルーゼもいるし、自分も好きなときに連絡が取れるだろう。これからのことを考えればそうしてもらった方がいいのではないか。
 そろそろ、キラの正体を探ろうとする者達も出てきたことだし、とギルバートは心の中で呟く。
「でも、ご迷惑では……」
「何が、だね? ラウなど、もう我が物顔で居座っている。それに、カガリ姫にも頼まれていることだしね」
 自分がそうしたいのだ、とギルバートは微笑む。
「だから、君は何も心配しなくていい」
 その言葉に、キラはためらったものの、小さく頷いて見せた。