風に乱れる髪を抑えながら、ラクスは微笑んだ。
「そうですの」
 そのまま、視線をバルトフェルドに向ける。
「キラが戻ってくれましたか……それは喜ばしいのですが……」
 次の瞬間、彼女の微笑みは消された。しかし、それを当然だとバルトフェルドは考えているらしい。
「確かに、この状況ではね」
 困ったものですな、と口にしながらバルトフェルドは手にしていたコーヒーカップに口を付ける。
「我々も……万が一の時の準備をしておきましょうかね」
 そして、彼女に判断を求めてきた。
「その方がよろしいでしょうね……私たちがキラの足かせになってはいけません」
 いや、彼だけではない。他の誰かの足かせになることも許されないのだ、とラクスは、思う。
 それでは、自分たちが何故この場にいたのか。その意味がなくなってしまうだろう。
「で、あちらの方はどうしますね?」
 自分たちはすぐに動けるだろう。
 しかし、一番のネックは《カガリ》ではないだろうか。
「もちろん、一緒に行っていただきますわ」
 カガリを一人この地に残していくわけにはいかない。そうなれば、彼女が利用されることになってしまうだろう。ラクスとしては、それも認められない事態なのだ。
「ですが、本人が了承しますかね?」
 そして、周囲の者達もだ。彼女の存在が無くなれば、自分たちが好きかってできなくなってしまう、と考えている人間も多いのではないか。バルトフェルドはそう言ってくる。
 何よりも、彼女自身がそうすることを《裏切り》と捕らえるものも多いのではないかと。
「……承諾しなくても、かまいませんわ。むしろ、その方がよろしいのではありません?」
 身元不明者に拉致されたのであれば、カガリに対する民衆の気持ちが悪くなることはないのでは。ラクスは言外にそう含めて微笑む。
「幸い、デュランダル様から適切な方をお借りしてあることですし」
 この言葉に、バルトフェルドもまた笑みを深めた。
「相変わらず、怖い方だ、貴方は」
「お褒めの言葉として受け止めさせて頂きますわ」
 なんと言われようとかまわない、とラクスは心の中で呟く。
 大切なのは、キラが戻ってこられる世界を作ることだけなのだとも。その世界を壊そうとしている者がいるのであれば、徹底的にたたきつぶさせてもらう。
 それは、自分以外の者達も同じ気持ちなのではないだろうか。
 ラクスはそう考えていた。
「立場など、重荷にしかならないのであれば……一時的にせよ放棄をすることも必要でしょうしね」
 問題なのは、本人達の責任感かもしれない。
 そう言うところは本当によく似ているのだ、あの双子は。そして、そのせいで自分たちを追いつめてしまう。
「ご本人達がそれを選べないのであれば、強引にでもそうさせて頂くのも、友達としては必要なことだと思いません?」
 恋愛に関しても、そう申し上げることができるのでしょうか、とラクスはさりげなく付け加える。それに、バルトフェルドは曖昧な笑みだけを返してきた。

「……キラ・ヤマト……」
 目の前でパソコンを抱えている相手に向かってイザークは呼びかける。
「どうして、お前がここにいる?」
 しかも、一人で……と付け加えれば、彼は困ったように微笑んで見せた。
「ちょっと、部屋に戻りにくくて……」
 そして、こう呟く。
「何故だ?」
 議長が連れてきたのだ。そして、どうやらクルーゼも彼を大切にしているらしい。ならば、何の遠慮もいらないのではないか、とイザークは思う。
「……二人だけで、話したいことがあるようだし……僕がいては、邪魔になりますから」
 自分に知らせたくないことも彼等にはあるだろう、とキラは付け加える。
 その言葉はイザークを納得させるには十分な内容を持っていた。しかし、と思う。
「だからといって、こんなところにいられたら邪魔だろうが」
 部屋の前の通路でふわふわと浮かれていてはかえって気になる。まして、相手が目の前の少年であればなおさらだ。
「でも……後、どこに行けばいいのかわからなかったので……」
 ディアッカも勤務中のようだから、声をかけるわけにはいかないだろうし……という相手に、イザークは思わずため息をついてしまう。
「あいつなら、こき使ってかまわん」
 ギルバートではないが、キラは特別なのだ。
 イザークの部下達も、目の前の少年に興味津々だと言っていい。その中に、単なる好奇心以外の感情を持っている者がいたとしてもおかしくはないだろう。
「俺としては……お前に何かあって、アスランに恨まれるのだけはごめんだからな」
 仲が良かったわけではない。だが、あの男の場合、味方にすれば何よりも心強いが敵に回せば厄介だ、と言うことをイザークは知っていた。
 そして、ディアッカから聞かされた話を総合すれば、彼がアスランにとって《特別》だというのは疑う余地がないだろう。
「……どうして、そこで《アスラン》の名前が出てくるんですか?」
 しかし、キラは彼の名前が出たのが本気で不思議だ、という表情を作っている。
「カガリや、ラクスなら……まだわかりますけど……」
「……本気で言っているようなら……知らない方がいいことだ」
 自分は話すつもりがない、とイザークは告げた。
「わかりました。なら、もうお聞きしません」
 キラは、一瞬考え込むような表情を作る。しかし、すぐにきっぱりとこう口にした。
「お前は……変わった奴だな」
 そんなキラの態度に、イザークは思わずこう呟いてしまう。
「そうでしょうか……よく、人にそう言われるんですけど」
 自分では普通にしているつもりなのだ、とキラは小首をかしげている。
「……それについては、ノーコメントだ」
 断言できるほど、自分はキラのことを知らないからな、とイザークはそれに関しては言葉を濁す事にした。
「それよりも、行く場所がないというなら、付いてこい」
 一人でこんなところにいられるよりは一緒にいた方が安心だ。そう判断して、イザークはキラの腕を掴む。
「あの……」
「ディアッカもいる。だから、心配するな」
 こう言いながら、そのまま移動を開始する。
 キラの方も、それ以上、反論するつもりはないのだろう。おとなしくしている。
 本当に、こいつがあのフリーダムのパイロットなのか。イザークはそんなことすら考えてしまう。もちろん、他の者達の話を疑うつもりはないが、どうしてもどうしてもその印象をぬぐえないのだ。
「本当に、変な奴だな」
 口の中だけでこう呟く。
 その声が聞こえていないわけではないだろう。だが、キラはおとなしく付いてくるだけだった。