「お前が出たことには驚いたが……だが、結果的には良かったと思う」
 カガリがどこまで本心で口にしているのか。
 あるいは、キラを放って戦場に出て行った自分に対するイヤミかもしれない。アスランはそう思いながら、彼女の言葉を耳にしていた。
「戦うことは最善の道だとは思えない……いや、思いたくはない。戦わないですむ道はないのか、と思う」
 この言葉も、ある意味傲慢だと聞こえるかもしれない。しかし、その裏に隠れている感情を、自分はしっかりとくみ取ることができた。
 目の前で繰り広げられたあの光景。
 それは、三年前のあの戦争を思い出させた。そして、その中で、彼女もまた大切な存在をほとんどなくしたのではなかったか。
 彼女の手に残ったものは、ほんのわずかな人々だけ。
 その人々の多くも、彼女の側から引き離されてしまっている。
「それが、オーブの選ぶべき道なのだ、と私は信じているしな」
 ようやく取り戻した《キラ》も今は側にいられない。
 カガリが、いつもの《カガリ・ユラ・アスハ》に戻るために必要だ、というのであれば、自分に対するイヤミの一つや二つは我慢できる、とアスランが思ったときだ。
「やめろよ、このバカ!」
 二人の耳にシンの怒りを滲ませた声が届く。
「あんただってブリッジにいたんだろう? なら、これがどういう事だったのか、わかってるだろう!」
 彼の言葉は勢いを失う様子を見せない。
「ユニウスセブンの落下は自然現象じゃなかった! 犯人が、いるんだ……落としたのは、コーディネイターさ!」
 その事実を知ったなら、地球で被害を受けた人々が自分たちを憎まないと言えるのか。彼のその言葉は正しい指摘だ。
 そして、その者達を動かしたのが、自分の父が残した言葉であれば……今回のことが《自作自演》と疑われる可能性すらあるのではないか、とアスランは思う。
「……だから、コーディネイターを全て、憎め、と? お前達がしたことを認めるな、と言うのか?」
 カガリが、低い声でこう問いかける。
「同じように、お前達を非難しろというのか?」
 次の瞬間、カガリは抑えていた怒りを噴火させた。
「あの光景を、私も確かに見ていた! だからこそ、また世界を混乱に巻き込もうとした者達だけは許せない。それがコーディネイターでも、ナチュラル、でも同じ事だ!」
 自分たちの間での会話に、口を出すな! とカガリは叫ぶ。
「そうやって、また、きれい事に逃げるのか!」
 やっぱり、それがアスハのお家芸なのか、と彼は言い返してくる。
「仕方がないだろう! 私は私以外の人間にはなれないんだ!」
 他人からすれば、どんなに空虚に聞こえる言葉でも、自分の中で真実だと思えばそれはそうなる。
 いや、少なくとも公式にはそう見えるようにさせなければいけないのだ、とカガリは叫んだ。
「私だって、三年前の戦いの時に、戦場にいたんだ! そこで、友も仲間も、大勢失った! それと同じ光景を見せつけられて……それでも何とか、自分の立場にふさわしい言葉を探そうとしているんだ! 余計な口を挟むな」
 アスランですら、聞いたことがないカガリの叫び。それに気圧されたのだろう。シン達は呆然と立ちつくしている。
「……カガリ……少なくとも俺はわかっているし、キラだって気づいている。それだけじゃ、だめなのか?」
 いや、自分たちだけではない。
 かつての仲間達は皆、彼女の努力をわかっている。だから、陰ひなたになりながら、そんな彼女をフォローしてきたのだ。
「すまん、アスラン……頭を、冷やしてくる」
 そんなアスランの言葉に、カガリはため息とともにこうはき出す。だから、一人にしておいて欲しい、と言いたいのだろう。
「……わかった……」
 本当は、今のカガリを一人にするのは得策ではないのだろう。だが、彼女の気持ちもわかる。
「キラから、メールが来ているかもしれない……端末が、俺の部屋にある」
 だから、せめて部屋に戻っていてくれれば……と思いつつ、こう囁いた。
「……キラからの、メール?」
「デュランダル議長が、手配してくださると思うんだが」
 キラのIDも含めて……と告げれば、カガリは納得したらしい。
「そうだな……気が向いたら、借りる」
 小さな声でこう言葉を返してきた。
 それならもう大丈夫だろう、とアスランは判断する。
 一人でいても、無理はしないだろうと、立ち去っていく彼女の背中を見つめながらこう思った。
「……きれい事ばかりいう、アスハが……」
 そのアスランの耳に、シンの苦々しげな呟きが届く。
「シン」
 その彼をいさめるかのように、レイが彼の名を呼んだ。
 彼はあの日、肉親を失ったのだ、という。だから、誰かを憎みたくなる気持ちはわかる。
 だが、とも思うのだ。
「そうやって、誰かを憎んで……それで、君の何が満足するんだ?」
 シンを見つめながら、アスランはこう問いかける。
「君だって……言葉は悪いが、誰かの敵になっているんだぞ、既に」
 それは憎悪の対象になっている、と言ってもいい。
 自分だってそうだった。
 キラを殺そうとしたとき、自分は彼の友人の憎悪の対象になっていたのだ、と後から知った。そして、そのせいでキラが一番苦しい選択をしなければならなかったのだ、とも。
「……キラさんに関しては……もう、そんな感情は、ありません……」
 アスランの視線から逃れるかのように、シンは視線をそらす。
「でも!」
 だが、すぐに視線を戻してきた。その深紅の瞳に、怒りが渦巻いている。
「国を司るものは、自分の判断一つで、何の罪もない人間が大勢死ぬんだって、知っててもらわなければいけないでしょう! その結果、誰かに恨まれても当然なんだって」
 違うのか、とシンは口にした。
「確かに、あの時、判断をしたのは、前の首脳陣だったかもしれない。でも、その遺志を継ぐんだ、というのであれば、それに対する非難だって引き継がなきゃないって事だろうが!」
 それができないなら、さっさとやめればいいんだ。でなければ、オーブに残った者が不幸になる……とも。
「シン!」
「本当のことだろうが! でなければ……どうして、オーブからプラントに移住した人間がいるんだよ!」
 ウズミの言葉が正しかったのであれば、多くのものは残っただろう、とシンは吐き捨てる。
「いいよ、レイ君」
 そう思いたければそれでもいい。今更、それに関してどうこう言いたいわけではない。
「……ただ、これだけは覚えておいてくれ。カガリは確かにオーブの代表首長だ。だが、その立場がなければ、君と同じように肉親を失った、一人の人間だということを」
 この言葉が彼にどんな意味を持って受け止められるかはわからない。だが、それでもこう言わずにはいられなかった。
 そして、シンもこの言葉に関しては答えを返してこない。
 ただ、少しでも彼の中に自分の言葉が意味があるものとして刻みつけられればそれでいいのではないか。
 アスランはそう考えていた。
 そして、実際に戦闘を経験しているうちにその意味に気づいてくれればいいと。
「……もっとも、俺は危うく間に合わなくなるところだったがな……」
 憎しみで全てが塗りつぶされ、一番大切な存在すら自分の手で壊そうとしていたあのころ。そんな状況になる前に彼が気づいてくれればいい。
 憎しみは何も生み出さないのだ、と。
「……アスランさん……」
 そっとレイが声をかけてくる。
「大丈夫だよ、俺はね。そして……カガリも大丈夫だと思う」
 大丈夫でないのは、彼の方だろう。
 そう思いながら、アスランはシンの背が消えた場所へを視線を戻した。