「オーブに、どれだけの人員を割いているのだ?」
 二人きりになったところで、不意にクルーゼがこう問いかけてくる。
「何故、それを聞きたいのかな?」
 理由を聞かせて欲しい、とギルバートは聞き返す。でなければ、いくらクルーゼ相手でも教えることはできない、とも。
「カガリ嬢のことだよ」
 さらりと、クルーゼは言葉を口にした。
「彼女を利用したいものは多いだろうからね。そして、彼女に何かあれば、キラ君がおとなしくしていられるわけがない」
 逆に言えば、キラを手に入れようと思えば、カガリを取り込む方が早いのではないか。クルーゼはこう言いたいのだろう。
 いや、それでなくても《カガリ・ユラ・アスハ》は三隻連合のナチュラル側の代表者だと言っていい。だからこそ、オーブはサハクの人間ではなく彼女を代表首長に据えたのだろう。しかも、その実権を奪ったままで、だ。
 カガリとともにアーモリー・ワンにやってきたのが、アスランだけ……というのはその象徴ではないだろうか。
 しかし、だ。プラントとしてもオーブ――いや、カガリ・ユラ・アスハが地球連合に取り込まれては困る。
 それは、あの時平和を求めて戦ったものが、それ自体が間違いだった……と判断したと言うことだ、と受け止められてしまうと言うことでもあるのだ。
「もちろん、それは考えてある」
 既に、手は打ってある……と囁きながら、ギルバートはクルーゼの頬に唇を落とす。
「ギル……」
「キラ君は今、エルスマン副長が医務室に連れて行っている。だから、しばらくは大丈夫だ」
 第一、肌を合わせているわけではないのだから、かまわないだろう……とギルバートは笑いを漏らしながら告げる。
「……ギル?」
「お前のことを話すときにな……一応、そういう関係だ、と伝えてはあるぞ」
 でなければ、彼が協力をしてくれるかどうか、わからなかったからな……とその表情のまま付け加える。
「バカか、貴様は」
 自分の立場を考えろ、とクルーゼは盛大なため息をついて見せた。
「あのころですら、私たちの関係は歓迎されなかったのだぞ。今ならなおさらだろうが」
 何のために、婚姻統制を取っていたのか、とクルーゼはさらに言葉を重ねる。
「だからといって、自分の気持ちに嘘はつけまい」
 自分がそういう意味で欲しいと思えるのは、目の前の相手だけなのだから、何を言われてもかまわないと思う。
 もっとも、彼にまでそれを求める気は全くないが。
「それに……」
「……それに?」
 とはいうものの、多少はいいわけをさせてもらおうか、とギルバートは心の中で付け加える。
「あのころのキラ君は、いろいろと悩んでいたからね。アスラン・ザラとの関係も含めて」
 だから、やり直せるようであれば……と背中を押しただけだと口にすれば、クルーゼはさらに盛大なため息をついた。
「まったく……話だけを聞いていると、お前にとっては私よりも彼の方が大切なようだな」
 そしてこう口にする。
「妬いてくれているのかね?」
 だとすれば嬉しいのだが……と付け加えれば、クルーゼは顔を背けた。それが彼の本心を自分に告げている。
「お前とキラ君……それにレイは、私の中でそれぞれしめる位置が違う。だから、そうむくれるな」
 言葉とともに、ギルバートは彼のあごに指をかけると自分の方へと向かせた。
「彼等の誕生に関して関わった以上、彼らを守る義務がある――もちろん、彼等に抱いているのは義務だけではないがね――だが、情欲を感じるのはお前だけだ。それでは不満か?」
 大切の意味が違う、と告げるギルバートにクルーゼはまたため息をつく。
「まぁ、そう言うことにしておこう」
 どこまで信用すればいいのか、判断は付きかねるが……と彼は呟いた。だが、それは素直にそう言えない彼の性格のためだろうとギルバートは判断をする。
「お前が、こうして戻ってきて……本当に嬉しいのだがね、私は」
 その思いのまま、ギルバートは彼の体を腕の中に閉じこめた。
 もっとも、自分の気持ちを伝えるためだけの行為ではない。
「……先ほどの答えだがな……」
 そのまま、クルーゼの耳元に唇を寄せると言葉を囁く。
「オーブには、ラクス嬢もいる。その彼女の護衛とカガリ姫の補佐を、バルトフェルド隊長にお願いしてある。それに、アークエンジェルのクルー達も彼の国にいるそうだ」
 万が一の時には、彼の判断でどのような行為を取ってくれてもかまわない、と言ってあると告げれば、クルーゼは低い声で笑う。
「そのように、秘密裏に画策するのが、お前だな」
「それは、ほめてくれているのかね?」
「好きなように判断すればいい」
 つれないセリフばかりを口にする彼の唇を、ギルバートは自分のそれで塞いだ。

 久々に吸う地球の空気は、やはりプラントのそれとは違う。
 それは、これが全て《自然》のものだからだろうか。
「父さん、母さん……マユ……」
 ミネルバが描く白い波を見つめながら、シンは今はいない家族の名を呟く。
「俺は……何のために、力を手に入れたんだろうな……」
 自分から家族を奪った《フリーダムのパイロット》に対する憎しみ。そして、彼に同じ思いを味あわせてやりたい。
 そのためなら、あの苦しい日々も耐えられた。
 しかし、その《敵》出会ったはずのフリーダムのパイロットは、自分が考えていた相手とはまったく違っていた。
「ごめん……俺はもう……あの人を、憎むことは、できない……」
 自分以上に、彼は多くのものを失ったのだ。それだけでも、彼の償いは十分なのではないだろうか。そうとも思うのだ。
 それ以上に、シンに復讐を断念させたのは、彼の全てをあきらめきったかのような表情だったのかもしれない。
 彼の笑顔が見たい、と思ったのはどうしてなのか。
 そして、それを自分にだけ向けて欲しいと。
 もっとも、それは難しいこともわかっている。
 自分は、あれだけ彼を傷つけてしまったのだから。あの言葉を許してくれただけでも、マシではないだろうか、とも思うのだ。
 そんなときだ。
 シンの耳に、カガリのものらしい声が届いたのは。
「戦うことは最善の道だとは思えない……いや、思いたくはない。戦わないですむ道はないのか、と思う」
 それが、彼女の本心からのものだとは思えない。いや、ただの偽善なのではないか。
「あの女は……」
 キラは許せる。
 でも、やはり、彼女の言動は許せない。
 彼女だってキラの言葉を耳にしていたはずなのに……そして、アスランの戦いを実際にめにしていたのに、どうしてあんなセリフが言えるのか。
 まして、命をかけた相手に向かって。
 アスハに対する怒りが、彼女に向かって吹き出していくのを、シンは止められなかった。