ミネルバの決死の活躍で、最悪の被害は避けられた。
 だが、被害が皆無だったわけではない。
 むしろ、被害が大きかった場所とそうでなかった場所があったが故に、事態は複雑になっている、と言うべきなのではないか。
「しかも……あの映像が出ては、な」
 いくら、自分が声を大にしてザフトを擁護したとしても、それで被害を受けた者達の怒りが消えるわけではない。
 その怒りを煽りたいものが存在する以上、大きくなることはあっても、だ。
「どう、するか……」
 ミネルバの修理は行わなければいけない。
 そして、自分がいつまでもこの艦に乗り込んでいるわけにはいかないことも、だ。それこそ、オーブ代表首長を人質にとってと言われかねないのだ。
「ともかく……修理だけはしてやりたいが……」
 その後のことを考えればあれこれ不安だ、と思ってしまう。
「カガリ」
 そんなことを考えていたときだ。背後から私服に着替えたアスランが声をかけてきた。
「アスラン、無事で何よりだな」
 彼の顔を確認した瞬間、カガリはこう言って笑う。
「もっとも、無事に戻ってこなければ、キラとの仲を邪魔させてもらうつもりだったがな」
 誰かと駆け落ちをしたぐらいキラに言ってやる、と付け加えた瞬間、アスランが疲れ切ったようなため息を漏らす。
「お前な……」
「仕方ないだろう! キラを議長達と一緒にシャトルに乗せるのが一苦労だったっんだからな」
 アスランの言葉を、カガリはこの一言で封じ込めた。今まではこの後も延々とお小言を聞かされていたカガリとしては、一矢報いた気分だった。
 もっとも、浮かれる気持ちになれないのは、今後のことを考えてしまうからだろう。
「……エリカ主任に、ミネルバの修理を依頼した……」
 あそこは、オーブ行政区とは一線を画しているから、とカガリは口にする。そして、今となっては数少ない自分の味方がいる場所だ、とも。
「そうだな。俺たちが乗っていなければ、ザフトの基地に行ってもらうのがいいんだろうが……」
 このままでは、アスランがザフトと共謀していたと言い出しかねない連中もいる。
「……あの人達に迷惑をかけることになるかもしれないが……」
 協力を求めるしかないだろう、とアスランはため息をつく。彼が言いたいのが誰のことなのか、カガリにもわかった。
「あの人達は……いやだとは言わないだろう」
 キラが関わっているとなれば、逆に協力させない方が問題ではないか。アスランがそう言いたいのだろう。特に、あの中の一名が問題なのだ、と。
「そうだな」
 カガリにしても、いずれ全面的に彼等の協力を扇がなければならない日が来るのではないか。そう思っていた。しかし、それは、まだ先であって欲しいと考えていた。
「カガリ……今は、それを考えるな。キラは……オーブにはいない」
 ギルバート達が守ってくれる。
 だから、彼を利用しようとしても不可能だろう、とアスランは囁く。
「問題なのは、お前の方だ」
 自分たちの中で、ナチュラルなのはカガリだけ。
 だからこそ、地球連合を含めた者達に利用されるのではないか。アスランはそう言いたいのだろう。もちろん、カガリにしてもそれはわかっていた。
「だからこそ、いやだったが、お前の言うとおりに根回しをしてきたんじゃないのか」
 いざというときに、いつでも動けるように……とカガリは言い返す。もっとも、それは自分にとっては究極の選択の結果、とも言えるが。
「そうだったな……その選択を、取らずにすめばそれでいいんだが」
 詳しい状況を確認しないとわからないが……その可能性は低いだろう、とアスランは呟く。
「わかっている」
 いずれ、自分はどちらかを選ばなければならないだろう。その時に無条件で《キラ》を選べるアスランがうらやましい、とカガリは心の底で呟いた。

「これで直に俺と話ができる。何かあったら、遠慮なく呼び出してくれていいぞ」
 言葉とともに、ディアッカがキラの手に小さな端末を握らせた。
「でも、ディアッカ……」
「気にするなって。お前に何かあれば……俺があいつらから殺される」
 小さな笑いとともにディアッカは器用にウィンクをしてみせる。そんな彼の表情はキラの記憶の中のものと変わらない。
「……それでも、副長なら、忙しいんじゃないの? アークエンジェルでも、クサナギでも……一番忙しかったのは艦長や隊長じゃなくて副長だったようだし」
 そんな立場にいる人間を自分がこき使うわけにはいかないだろう……とキラは目を伏せた。
「隊長命令だからな。心配するな」
 自分としても、たまにはあれから解放されたい……と苦笑混じりにディアッカは告げる。
「それに、俺にミリィに三行半を突きつけられろって?」
 ただでさえ、立場が弱いんだから……と付け加える彼にキラも苦笑を返すしかできない。
「相変わらずなんだ、ミリィも」
 なんだかんだ言っても、トールは彼女の尻に敷かれていた。それが、コーディネイターであるディアッカにも同じなのだろうか。
「第一、お前がそんな様子で心配なのは、俺も同じだからな」
 まして、事情が事情だし……という言葉に、キラは曖昧な笑みを返す。
「ねぇ、ディアッカ」
 ふっと思いついたかのようにキラは口を開く。
「何だ?」
「どうして、服の色が《緑》なの?」
 確か、アスラン達と同じで《紅》だったよね、と問いかければ、困ったような笑みを彼は浮かべる。
「……聞いちゃ、いけなかった?」
 ひょっとして……とキラは小首をかしげた。
「いや、いいって。他の連中にも言われたからな」
 変な噂も流れている。だったら、自分の口から言った方がマシだ、とディアッカはすぐに笑顔に戻った。
「簡単に言えば、俺なりのけじめ、だよ。何も知らなかった自分に対する、な」
 エリートと言われていい気になっていたせいで、現実を何も見ようとしなかった。そんな自分に対する戒めでもあるのだ、とディアッカは口にする。
「もっとも、お前らと出会わなかったら……今、ここにはいなかったかもしれねぇな」
「……ディアッカ……」
 そう考えてくれるようになったのは嬉しい。だが、その結果、彼に辛い道を歩かせているのではないか。そんなことをキラは考えてしまう。
「しっかしなぁ……こういう状況でなきゃ、あいつにお前のことを伝えられるのにな」
 でないと、ばれたときが怖い……とディアッカはさりげなく話題を変えようとした。
「ミリィ?」
 それに、キラは素直に乗ることにした。その方がいいだろうと思ったのだ。
「おうよ。あいつ、今何していると思う?」
 聞いて驚け、とディアッカは眼を細める。
「なんと、フリーのジャーナリスト、だとさ。カメラ抱えてあちらこちら飛び回ってるぜ」
 信じられるか? と言う問いかけに、キラは反射的に首を横に振ってしまう。
「だろう? そのうち会えると思うからさ。笑ってやれ」
 それだけで、誰もが安心するから……という言葉が、実は一番彼が言いたかった言葉ではないだろうか。キラはふっとそんな気持ちになってしまった。