シャトルから降り立てば、イザーク以下、この艦の指揮官達の姿を確認することができた。
「すまないね。世話になる」
 ギルバートの言葉に、誰もが身を固くした。
「いえ。本国まで、護衛をさせて頂きます」
 だが、さすがは隊長と言うべきか。それとも、彼の母も以前は似たような立場にあったせいか。すぐにイザークは普段の態度に戻ったようだ。
 その言葉に頷きながらも、彼の副官であるディアッカも同じような立場だったはずだが、とギルバートは思う。
 それなのに、彼は呆然とある方向へと視線を向けたまま固まっている。
 どうしてなのだろうか、と考えてギルバートはすぐにその答えに思い当たった。
「あぁ……そう言えば、エルスマン君と彼は、顔見知りだったね」
 MIA認定されていた彼は、アスランよりも先にキラ達とともに戦っていたはずだ。それがザフトには《裏切り行為》と判断され、プラントに戻ってきた彼を処罰しようという声があったこともギルバートは覚えている。
 だが、当時議長であったアイリーンはそれをいいとは思わなかった。
 だから、自分に彼等の弁護を依頼してきたのだ。肉親が処断されるべき存在であったアスランやイザークはともかく、彼の場合は父がまだ評議会議員だった。だからこそ、私情を挟んだと言われないようにと言うことだったのだ、と言うこともわかっていた。
 何よりも、ギルバート自身が、彼等を失うことがプラントにとってマイナスだと判断して引き受けたというのが、その時の経緯だった。
 個人的に言えば、キラが戻ってきたとき悲しまないようにと言う考えがあったことも否定はしない。
「……キラ……」
 ようやく相手が誰であるのかを認めたらしいディアッカが、それでも信じられないというように彼の名を呼ぶ。
「久しぶり、ディアッカ」
 そうすれば、キラは小さな微笑みとともに言葉を返した。
「やっぱりキラか! お前、この三年間、何してたんだよ! ってぇか、どこにいやがった!!」
 キラの言葉で抑制がはずれてしまったのか。ディアッカは床を蹴るとまっすぐに彼のところへと飛んでいく。
「ディアッカ!」
 そんな彼を、イザークが慌てて制止をした。
「かまわないよ」
 それはきっと、自分の前だからだろうとギルバートは思う。
「キラ君は、エルスマン君と顔見知りだしね。ラクス嬢の元でともに戦った仲だ。詳しい事情は後で説明するが……三年間、行方不明だったのだよ。あのくらいであれば妥協範囲ではないかね?」
 キラがフリーダムのパイロットだ、と言うことは、できればあまり公にしない方がいいだろう。そして、クルーゼの存在も、できれば信頼できるもの以外には隠しておきたい。
「議長がそうおっしゃるのでしたら」
 イザークもまた、ギルバートの言葉に何かを感じ取ったのだろう。
 それ以上の追求はしてこない。
「では、部屋の方にご案内をさせて頂きます。彼等も一緒でよろしいのですね?」
 こう告げる彼にギルバートは鷹揚に頷いてみせる。
「キラ君は眠り姫症候群を患っている。それに対処ができるのであればかまわないよ」
「聞いているか、と。ただ、軍医は現在多忙ですので……」
 言外に付け加えられた言葉の意味がわからないギルバートではない。
「あぁ、たいていのことは私でも処置できるからね。心配はいらない」
 この言葉に、イザークは頷いて見せた。
「では、ご案内をさせて頂きます。ディアッカ!」
 さっさと来い! と彼はキラのことを確認するかのようになで回しているディアッカを怒鳴りつける。
「わかってるって……あぁ、キラ。俺が抱っこしてやろうか?」
「いい」
 ディアッカの言葉をキラは即座に拒否した。
「だって、ディアッカ、忙しいでしょ?」
 この言葉に、ディアッカは苦笑を浮かべる。
「大丈夫だって……少なくとも、お前の話を聞くくらいの時間はある」
 イザークが暴走しないように見張っているのも、俺の役目だ……と付け加える彼に、周囲のものがさりげなく離れて行く。
「ディアッカ! 貴様!!」
 次の瞬間、周囲に響き渡ったイザークの怒声にその理由を理解したギルバートだった。

 イザークが三人を案内したのは、艦の中央にある貴賓室とも言える部屋だった。
「……いろいろとお聞きしたいことはありますが……」
 こう言いながら、彼はキラとクルーゼに視線を向ける。
「そちらの方は……我々が知っている方なのでしょうか。それにしては年齢が……」
「先ほど、議長が言われただろう? キラ君は眠り姫症候群だ、と。私も同じ場所でコールドスリープしていたのだよ、イザーク・ジュール」
 ミネルバで行ったものと同じ説明をクルーゼは口にし始めた。
「ザラ閣下が、万が一の時には、と極秘に進められていた作戦があった。それを阻止するのに、キラ君の協力が必要だった。ただ、プロヴィデンスを自爆させたのでね。その結果、フリーダムは被爆。その影響から逃れるためにはそれ以外の方法がなかったのだよ」
 目覚めたのはつい先日だ、と彼は締めくくる。
「それで……キラが相変わらず小さいまま、なんですか?」
 ディアッカの言葉に、キラが少しだけむっとしたような表情を作った。
「まぁ、無事に帰ってきてくれれば、それが一番だけどな」
 言葉とともに、ディアッカは小さな子供にするようにキラの髪の毛をなでてやる。その仕草には別段不満を見せないと言うことは、あるいは彼等にとって日常だったのだろうか。
「それはわかりましたが……」
 あるいは、自分を落ち着かせようとしていたのかもしれない。キラの頭から手を放すことなく、ディアッカはクルーゼを見つめてきた。
「どうして、おっさん……じゃなくて、ムウ・ラ・フラガに似ていらっしゃるんですか? 後、レイ・ザ・バレルにも」
 あの二人と面識があるのは、この場ではキラと彼だけなのだったな、とクルーゼは心の中で呟く。もっとも、本国へ戻れば、まだいるのだろうが。
「レイ・ザ・バレル、という少年については身に覚えがないわけではないが……確証がもてないので、とりあえず保留にさせてもらってかまわないかね?」
 微苦笑とともにこう告げれば、ディアッカにはその意味がわかったのだろう。小さく頷いてみせる。
「ムウに関しては、簡単だよ」
 と言っても、真実を伝えるわけにはいかない。だが、自分を作れと命じた男は、そう言う点に関してはきちんと書類を整えてくれていた。それだけは感謝してもいいだろうと思う。
「私の父親とあれの父親は同一人物だからな」
 もっとも、コーディネイトされたものの、自分はあの男の希望とは違っていたがために《失敗作》として、親戚筋に当たる家に養子に出されたのだが、と淡々とした口調で告げた。
「だから、似ていたとしても、おかしくはないだろう?」
 違うかね、と告げれば、ディアッカは頷いてみせる。
「では、あの仮面を付けていたのも……」
「痛い腹は探られたくなかったからな」
 この一言で納得してもらえるくらい《ムウ・ラ・フラガ》の名は一人歩きしていた。それもまた感謝すべきなのだろうか。
 こう考えたときだ。
「もう、その必要はないだろう、ラウ」
 低い笑いとともにギルバートが口を挟んでくる。
「そういえるのは、お前だけだ」
 そんな彼に、クルーゼは小さなため息とともにこう言い返す。そんな二人の様子を、イザーク達が信じられないという視線で見つめてきていた。