シャトルの窓から、キラは遠ざかっていくミネルバを見つめていた。 そして、宇宙空間を切り裂く光も、だ。 「どうして……人はまた、戦争を始めるのでしょうね……」 大きな光とともに、また一つ命が消えていく。 その中にアスランがいない、とはわかっていても……やはり悲しいと、キラは思ってしまう。 「それが人の性……なのかもしれんな。もっとも、私がそれを言うべきではないのかもしれないが」 クルーゼの手が、慰めるかのようにそうっとキラの髪をなでてくれる。 「それでも、貴方はもう二度と同じ道を選ばれないでしょう?」 だから、それはいいのだ。こうして、新たにやり直す機会を得たのだから、それを生かそうとしてくれるのであれば。 しかし、戦争を起こそうとしている者達は違う。 今までに多くの戦争が歴史の中に刻まれてきて、それで悲しんだ者達の思いも知っているはずなのに。それなのに、どうして新たな悲しみを生み出そうとするのか。 キラにはそれはわからないのだ。 「……君からもらった命だ。君の思いを無にするわけにはいくまい」 そんなキラの気持ちを読み取ったのだろうか。優しくキラの髪をなで続けながら、彼はこう告げる。 「第一、そんな気持ちになる間もないほど、こき使われそうだしな」 小さな声でこう付け加えると、彼は視線をギルバートへと向けた。 さすがに《最高評議会議長》の立場にあるからだろう。移動中といえ、やらなければならないことが多数あるらしい。彼は、先ほどから一緒に乗り込んだ兵士へ向かってあれこれと指示を出しているのだ。 そんな彼の様子を見ていれば、何もできない自分が歯がゆいと思ってしまう。 「まぁ、君が第一にしなければならないのは体調を整えることだがね」 その言葉はもっともなのだろうが、とキラは心の中で呟く。それでも、と思ってしまうのだ。 「第一、君が元気になってくれなければ……皆が悲しむよ」 そんなキラに、クルーゼはさらに言葉を投げかけてくる。 「わかっては、いるのですが……」 それでも、何もできないと言うことが辛いのだ、とキラははき出した。ただ見ているだけの状況が悲しい、とも。 「いずれ……君の力が必要になる日もある」 新たな戦いの火種を消すためには、とクルーゼは優しげな口調で囁いてきた。 「だからこそ、君にはまずなすべき事があるだろう?」 いざというときに動けるようにすること……と彼はさらに言葉を重ねてくる。その内容は、優しい口調とは裏腹に厳しいものだとキラには思えた。 きっと、それは彼が多くの人々の命を預かってきた指揮官だったことも関係しているのだろう。アスランやディアッカの話から判断すれば、彼は有能な隊長だったのだ、と言う話なのだ。それがどのような意図を持って行われたことでも、彼の行動は疑う余地はないのだろうし、と思う。 「そうですね……」 それでも、今の立場が口惜しいというのは事実なのだ。 もし許されるなら、アスラン達とともに、あの光の中にいたかった。 そうできたのであれば、こんな風に不安を感じることもなかったのではないか。 「でも、僕は……アスランと一緒にいたかったんです」 今、一番の願いはそれだった……とキラは小さな声で呟く。 「それも……かならず近いうちに叶えられるだろうね」 待つことも大切だよ、と諭してくれる彼は、やはりあの人に似ている。そう思いながら、キラは小さく頷いて見せた。 「何故わからぬ! 我らコーディネイターにとって、パトリック・ザラが示した道こそ、唯一ただしきものだったと!」 テロリストの叫びに、アスランは心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚えた。 父の言葉が、未だに誰かの心を縛っているとは思わなかったのだ。しかも、その結果がこれか……と思えば、そんなものではすまないのかもしれない。 『アスランさん!』 初めてと言っていいのではないか。シンが自分の名を呼ぶ声がアスランの耳に届く。 あるいは、先ほどの戦闘シーンを見て、何かを感じ取ったのだろうか。 尊敬されるのは悪くはない。だが、その理由が戦闘能力だ……というのであれば、複雑な思いがあるのだ。 キラであれば、誰も殺さずにすませられたのかもしれない。 だが、自分の実力ではそれは不可能だ。 結局はただの『人殺し』の技量があるだけだ、と言うことではないだろうか、と思う。それでも、一握りの大切な存在を守れるなら、それでいいのではないか、と割り切れるようになったのは、キラの存在があるからだった。 そんな自分を見習っても、いいことはないだろう。 「大丈夫だ」 こんな事を考えながらも『心配はいらない』とアスランは言葉を返す。 『もう、戻らないと……危険です』 インパルスならともかく、ザクの出力では……とシンは口を開いた。 「まだ、時間はあるのだろう?」 ほんのわずかとはいえ猶予が残されているのであれば、最後まで努力をするべきだろう。アスランはそう判断をする。 この事態を引き起こしたのが、パトリックの残した言葉のせいである、というのであればなおさらだ。 「……これは、俺の義務、だ」 キラがあの日、自分たちの身の危険を顧みず衛星の落下を阻止したように、父の怨念を打ち砕くのが息子である自分の役目だ。 アスランはそう心の中で呟きながら、メテオ・クラッシャーへととりつく。そして、それを正しい体勢に戻そうとした。 「これが正常に作動すれば」 完全にユニウスセブンが破壊されるわけではない。それでも、この質量が地球上に与える被害を阻止することはできるはずだ。 『本当に、あんたは……』 あきれたようなシンの声とともにインパルスが近づいてくる。 「シン?」 『手伝います。その方が、早い』 アスランを見捨てるわけにはいかないのだ、と言いながら彼は作業をフォローしてくれた。その気持ちはありがたいが……とアスランが思ったときだ。 視界の隅に、こちらに近づいてくるジンの姿を捕らえる。 「シン!」 このままでは、二人ともやられるのではないか。 とっさにそう判断をしたアスランは彼の名を呼ぶことで彼に注意を促した。 それだけで、彼にも状況が伝わったのだろう。シンはとっさにインパルスをメテオ・クラッシャーから引き離す。 だが、相手のねらいは最初からメテオ・クラッシャーだったらしい。 彼等の前でそれは爆発をする。その結果、ユニウスセブンの大地は引き裂かれたが、アスラン達が予期していたかたちにではない。 『ちきしょう!』 シンが、相手の機体に向かって攻撃を仕掛けた。だが、その結果、脇から飛び出してくるもう一機の攻撃には無防備になってしまう。 「危ない!」 アスランはとっさにもう一機をインパルスから引き離した。 だが、それは相手の機体とともに自分のザクを大気圏に捕らえさせることになってしまった。 「……キラ……」 このまま、自分も地上に落ちるのだろう。だが、それは自分たちに追われたストライクが取った行動でもあったように思える。 アスランの脳裏に、キラの不安そうな表情が浮かんだ。 その脇で、ジンが大気圏との摩擦に耐えきれずに爆発をしている。 「大丈夫だ、キラ……」 俺は、かならずお前を迎えに行くから……そう呟いた瞬間、外から振動が伝わってきた。何かと思えば、インパルスがザクを抱えている。 「君まで!」 『あんたを、ここで死なせるわけにはいかないだろうが!』 シンの叫びに、アスランは思わず微笑んでしまう。 「俺は……こんなところでは死なない」 この言葉の意味が、彼には伝わっただろうか。その答えを見つける前に、アスランはインパルスとともにミネルバへと収容されていた。 |