「自分で、移動できます」
 腕に抱かれている状況がいやなのか。キラがこう訴えてくる。
「ここには重力がかかっていないわけですし……」
「いいから、キラ。運んでもらえ!」
 キラの反論を、カガリがあっさりと封じてくれた。
「……カガリ……」
 キラが不服だというようにこう言い返す。
「気にするな。私が君を抱きかかえていたい気分なのだから」
 わがままに付き合ってくれ、とクルーゼは告げる。
「それって……何か変です」
 自分なんかを抱きかかえていても、何の得にもならないだろう、とキラは口にした。
「本当にお前は……」
「……これもまた、君らしいと言うべきなのだろうがね」
 ここまで自分に無頓着なのは、一体どうしてなのか……とクルーゼは心の中で呟く。それは、彼が自分の誕生の経緯を知ったからではないだろう。
 おそらく、それ以前に培われた性格なのではないだろうか。
 それは一体どうしてなのか。
「前にも言っただろう? 誰かを抱きしめていることは、生きていると実感させてくれることだとね」
 残念だが、アスラン達ではそもそも抱きしめてもらえないし、後の一人は抱きしめても楽しくないからな……とクルーゼは苦笑混じりに付け加える。
「君くらいのサイズが、一番丁度いい」
 抱きかかえて歩くのはな……と言えば、キラは何故かおとなしくなった。
「……まぁ、アスランも同じようなことを言っていたからな……」
 そして、カガリがカガリでこんなセリフを口にする。
「なるほど……アスランが、かね」
 低い笑いとともにクルーゼがこう言えば、キラが目元を染めた。そのまま、逃げだそうとするかのように体をうごめかす。
「気にしなくていい。それが当然のことだろう」
 君たちの関係であれば、とクルーゼはそんなキラの体が落ちないように抱えなおしながら囁く。
「まして、君の体は今は薬で一時的に元の体調に近づけているだけの状況だ。彼が君の存在を確認したいと思っても誰も文句は言うまい」
 違うかね、と付け加えればキラは小首をかしげる。本当にそうなのだろか、と考えているかのようだ。
「その体調も……もっとゆっくりと治療ができれば、すぐによくなる」
 だから、心配はいらない、と微笑みかければ、キラは安心したような表情を作る。
 ある意味、短くて長い時間をともに過ごしたからだろうか。
 彼はクルーゼに対しある種の信頼感を抱いてくれているらしい。それはありがたいな、とも心の中で付け加えた。
 あのころの自分を知っているはずの彼だからこそ、余計にそう思えるのだろうか。
「そうすれば、オーブにだって帰ってこれるぞ」
 クルーゼの腕の中のキラに向かって、カガリが明るい口調でこう話しかけている。
 それが可能であればいいのだが……とクルーゼは心の中で呟く。ギルバートが告げたあの不安が的中すれば、キラだけではなく、全てのコーディネイターがオーブから他の国――と言っても、おそらく彼等が迎える場所はプラントしかないであろう――へ避難しなければならないはずだ。
 だが、カガリの口調からは推測するに、彼女は自国でどのような動きがあるのか知っている様子は感じられない。
 彼女が知ろうとしていないわけではないだろう。
 間違いなく、誰かがそれをカガリに伝えまいとしているだけのようだ。
 それは、オーブの首脳陣が、カガリをただの《飾り》と考えているからだろう。しかし、本当に彼女がそんな立場でおとなしくしているかと思っているのか……とクルーゼは考える。
 何かきっかけがあれば、カガリは間違いなくどこかに飛び出していくだろう。
 そうなったときに、慌てるのはカガリを隠れ蓑にしようとしている者達ではないだろうか。
 それはそれで楽しいだろうな、とクルーゼは心の中で呟く。
「それでなければ、カガリ嬢をはじめとした者達にプラントまで足を運んでもらえばいい。ギルであれば、無条件で許可を出してくれそうだ」
 だから、安心すればいい……と口にしながら、さりげなくカガリに視線を向ける。そうすれば、彼女は何かを察したのだろうか。意味ありげな笑みを浮かべて見せた。
「そうだな。何なら、アークエンジェルで迎えに来てやるよ」
 そして、こんなセリフを口にする。
「アークエンジェル?」
「そうだ。今はオーブにある。乗組員もほとんどがオーブにいるからな」
 だから、あいたければいつでも会えるぞ……というカガリの言葉に、キラは嬉しそうに微笑む。だが、その表情はすぐにいぶかしげなものに変化した。
「どうした、キラ?」
 即座にカガリが問いかけてくる。
「アスランも、それ知ってるんだよね?」
 そんな彼女に、キラはこう聞き返す。
「当たり前だろう?」
 よく、顔を合わせているからな、と言うカガリの言葉に、キラはますます表情を曇らせる。
「でも、アスランはそんなこと……一言も教えてくれなかった……」
 どこか悔しげな口調で、キラはこう呟く。
「あのバカは……」
 何を考えているんだ、何を……とカガリも苦笑を浮かべる。
「本当に、独占欲ばりばりだな」
 今まで離れていたから仕方がないのか……と言いつつも、彼女はどこか楽しげだ。
「カガリ……あのね……」
 そんな彼女にキラは何かを告げようとする。
「心配するな。ちゃんとそれに対する報復はラクスと一緒に考えておいてやる」
 しかし、彼女の耳はキラの言葉をしっかりと右から左に流してしまった。そんなカガリに、キラは仕方がないというように小さくため息をつく。
「彼が、そこまで独占欲が強いとは……私も知らなかったな」
 なかなかに、楽しい状況だが……とクルーゼは口を挟む。
「クルーゼさんまで……」
 そんな彼に対し、キラは困惑を隠せない表情でクルーゼを見上げてきた。
「あのころは見えなかったものが、最近はよく見えるようになった。それだけだよ」
 この言葉の意味を正確に理解できるのはキラだけだろう。クルーゼの肩に置かれた彼の指に、かすかに力がこもる。
 そんなキラに向かって、クルーゼは微笑んで見せた。